【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?
前哨戦
夜会前日
招かれたサロンで、古代文学の魅力を思う存分語ることが出来た私は、すっきりした気分で迎えの馬車を待っていた。
そこへ、今日のサロンの主催者であるブロント侯爵夫人から声を掛けられ、別室へ案内されると、そこには国王の第一王子アルブレヒトと王子妃フィリッパ夫妻、そしてその息子であるエリアス王子と側近のバルテス公子が待っていた。
王子妃フィリッパはブロント侯爵家の出身だ。お忍びでのお出ましということだろう。
部屋に居た全員が、私が部屋に入ると同時に立ち上がり、礼を執った。
「ウェーバー女公、騙し討ちのような真似をして申し訳ございません。でも、内密でご相談したい事がございます」
返礼をした私は、そう言って頭を下げるアルブレヒトに顔を上げるように促した。
「アルブレヒト殿下、どうぞお顔をお上げください。私の方こそ、フィリッパ殿下からご招待をお断りしてしまった事をお詫びいたします。私にとって王宮の敷居はあまりにも高こうございますので、しり込みをいたしておりましたの。私の事は、どうぞヴィクトリアとお呼びください」
そんなやり取りの後、席に着くと茶菓が運ばれ、人払いがされた。
差し当って思い当たることと言えば、王太子指名の古代契約書の件だ。
国王の登城命令は文書が必要なため記録が残る。さらにそこから王宮に留め置く場合は理由が必要なのだが、王子や王子妃たちからの個人的な招待であれば、登城の記録は残るが公式な手続きが必要ない。
私が王宮に足を踏み入れたが最後、国王によって監禁される可能性が高いと思って拒否し続けていたのだ。
しかし、王子妃の実家であるブロント侯爵家でのお忍びの面会ということであれば、危険は少ないと考えて招きに応じたのだ。もちろん警戒は怠らない。
ヴィッセル邸で即応体制を取る父オスカーは、返した馬車に乗ったヘルミーネから報告を受け取っている頃だ。
今朝早く、王国での滞在先にヴィッセル侯爵家を指定した父オスカーは、到着するやヘンリクとの挨拶もそこそこに、執事長と固い握手を交わしていた。
聞けば、執事長は父が学園時代に好敵手として互いに切磋琢磨していた同級生の父なのだそう。卒業後、王宮の文官となった彼は、ウェーバー公爵家の没落後も変わらぬ友情で密かに手助けをしてくれており、私がヴィッセル侯爵との結婚が決まった時には、彼の父である執事長にいち早く繋ぎを取ってくれていたのだ。
そして、愛すべきチーム「沼」の侍女たちも、執務補佐の二人の執事も、文官の彼が吟味して選び抜いた精鋭だったと種明かしをされた。
しかしその事は、私はもちろん、彼らにも知らされていなかったらしい。
その理由は父だった。
「ヴィクトリア自身が、仕えるに値する主人だと彼らに認められなければ、どんなに優秀な人材が側についていても意味がないからね」
そして、彼らに認められて、頼ることが出来るようになれば、人間不信で孤軍奮闘していた私の成長となり、自信になると考えていたそうだ。
【最強クルー】は、偶然ではなかった。やはり私は父には遠く及ばない。
今朝のそんなやり取りを思い出しながら、私は目の前の王家の面々から本題を切り出されるのを待った。
しかし、フィリッパから紡がれた言葉は意外な物だった。
「ヴィクトリア様、ご相談というのは、先般、近隣国でご出版された古代文学の物語の事なの。あれは預言書というわけではないわよね?」
身構えていた緊張が一気に抜け、フィリッパを見つめるまばたきが多くなってしまった。
それを見たフィリッパも、少し困ったように眉尻を下げた。
「驚かれるのも無理はないわ。私も信じられない気持ちなの。まだ公表前なのだけれど、近隣国の王女殿下がエリアスの婚約者に内定したの。二人とも顔合わせでお互いを見初め合って仲睦まじく交流していたのよ。でも突然、その物語の予言通りになるのが恐ろしいという理由で、婚約内定を取り消したいと言ってきたの」
私は、確認するようにその物語の内容をなぞった。
「その御方は、西の国境に接する国のキャロライン王女殿下ではありませんか? エリアス殿下の婚約者として王国に留学し、ともに貴族学園に入学するものの、エリアス殿下が美しい男爵令嬢ミリアに心を奪われるという物語ですね。ミリアを取り巻くのは、エリアス殿下の側近たちから教師まで、ミリアをまるで王女の様に扱い傅き、彼らの婚約者と共に、キャロライン殿下も、ミリアをいじめたなどというバカバカしい理由で、卒業パーティーという公の場で断罪し、修道院送りや、あろうことか国外追放まで命じるという……」
話しながら徐々に勢いを増す私の様子を、部屋に居る全員が呆気にとられて眺めている。
『またやってしまった。落ち着け私!』
我に返って、こほん、と咳ばらいをし、改めてゆっくり話始めた。
「……失礼しました。改めまして、婚約が内定したのは、キャロライン殿下で間違いありませんか? そして、ミリアという男爵令嬢の存在も確認できたということですね。」
一同が息を呑み、フィリッパがか細い声を上げた。
「やはり、預言書というのは本当なの……?」
その言葉を、私は力強く否定した。
「いいえ、フィリッパ殿下。それは違います。これは私の持論ですが、古代から今までの長い時間で残された膨大な数の物語の中には、名前や自分の置かれた状況をそっくりなぞるようなものがあるかもしれませんが、それははやり物語であり、自分とは違う人物の人生でしかありません。その物語の結末を知り、同じ人生を望まないなら、物語の人物とは違う行動を取れば良いのです。キャロライン殿下はその選択をされただけでは?」
その言葉に、エリアス王子が縋るように言ってきた。
「私はキャロラインを愛しているし、彼女も私の事を愛していると言ってくれているんだが、あまりにも自分たちの状況と酷似した物語が予言だとしか思えないと言って泣いているんだ。だから、ウェーバー女公に何とかアドバイスを貰えないかと思ってこうして時間を取ってもらったんだ」
エリアス殿下は俯いてなおも言い募った。
「どんなに愛してるといっても、私の心変わりが怖いと……。でも、そんなことにならないかもしれないじゃないか。私の妃はキャロライン以外考えられないんだ。私は彼女を手放したくない」
『頭の中が常春の君って、たくさんいるのね』
思わず魂の声が漏れてしまった。
「かもしれないという不確かな状態が不安の原因では? エリアス殿下のお気持ちを優先して手放さずに側に置いたとして、もしも物語通りエリアス殿下がミリアという男爵令嬢と恋に落ちた場合、それを目の当たりにするキャロライン殿下のお気持ちを考えたことがありますか? キャロライン殿下の仰る通り、婚約をしないというのは物語を変えるのならば重要な方法です。せめて、その男爵令嬢と出会うまで距離を置かれては? 残念ながら、私にできる事は何も無いと思います」
ご期待に沿えず申し訳ございませんと、この話は打ち切った。
この和やかな茶会の雰囲気を見るに、アルブレヒトは、父と腹違いの弟がウェーバー公爵家にした仕打ちを知らない様だ。
ならば、明日のために一つ確認しておかなければならない。
「アルブレヒト殿下、明日の夜会で、立太子の宣言をされるというのは本当でしょうか」
その言葉に、アルブレヒトは、私に意外そうな顔を向けた。
「先日、ヴィクトリア女公が作成してくれた王太子指名の古代契約書を受け取って、陛下も私も、既に署名を済ませているが、何か問題でも?」
『やりやがったわね、クソ国王!』
私はにこりと微笑み、指輪の印章を、持っていた小さな羊皮紙に強く押し付けた。
「正式な契約書には、四隅にこの印章と似たものが刻印されています。古代契約に使われる羊皮紙は特別製で他の羊皮紙に比べてこのように薄いのです。皮自体に透かしが入っていますから分かりにくいと思いますが、良く確認して下さい。刻印がなければそれは偽造です」
驚愕に目を見開いて私を見ているアルブレヒトを見つめてゆっくりと告げた。
「私は、王太子指名の古代契約書を作成していません。偽造の契約書に他国の王太子にサインをさせてしまえば、この国の王家は破滅します」
あまりの内容に、アルブレヒトは私の前に立ち、睥睨した。
「そなた、今の言葉が嘘であれば、王家に対する反逆である事を理解しているか」
私はその瞳を掬い上げるように見据えながら答えた。
「アルブレヒト殿下、恐れながら、私を責める前に、王家とウェーバー公爵家がこのような関係になった経緯を陛下に直接お聞きになって下さいませ。そうすれば私の言葉の理由がお分かりになると思いますよ」
そう言って窓の外に視線を移した。
そこには、隣国王家の記章とウェーバー公爵家の記章を、こちらにだけ見える位置に掲げた黒塗りの馬車が数台、馬車寄せに止まっている。
隣国王家は既にこの事を知っている。そして、ここで私が合図をすれば、馬車から隣国王家の騎士達が雪崩れ込んでくると悟ったアルブレヒトは、その場に立ち尽くした。
私は、ゆっくりと立ち上がり、カーテシーを執ると優雅な足取りでブロント侯爵邸を後にした。
招かれたサロンで、古代文学の魅力を思う存分語ることが出来た私は、すっきりした気分で迎えの馬車を待っていた。
そこへ、今日のサロンの主催者であるブロント侯爵夫人から声を掛けられ、別室へ案内されると、そこには国王の第一王子アルブレヒトと王子妃フィリッパ夫妻、そしてその息子であるエリアス王子と側近のバルテス公子が待っていた。
王子妃フィリッパはブロント侯爵家の出身だ。お忍びでのお出ましということだろう。
部屋に居た全員が、私が部屋に入ると同時に立ち上がり、礼を執った。
「ウェーバー女公、騙し討ちのような真似をして申し訳ございません。でも、内密でご相談したい事がございます」
返礼をした私は、そう言って頭を下げるアルブレヒトに顔を上げるように促した。
「アルブレヒト殿下、どうぞお顔をお上げください。私の方こそ、フィリッパ殿下からご招待をお断りしてしまった事をお詫びいたします。私にとって王宮の敷居はあまりにも高こうございますので、しり込みをいたしておりましたの。私の事は、どうぞヴィクトリアとお呼びください」
そんなやり取りの後、席に着くと茶菓が運ばれ、人払いがされた。
差し当って思い当たることと言えば、王太子指名の古代契約書の件だ。
国王の登城命令は文書が必要なため記録が残る。さらにそこから王宮に留め置く場合は理由が必要なのだが、王子や王子妃たちからの個人的な招待であれば、登城の記録は残るが公式な手続きが必要ない。
私が王宮に足を踏み入れたが最後、国王によって監禁される可能性が高いと思って拒否し続けていたのだ。
しかし、王子妃の実家であるブロント侯爵家でのお忍びの面会ということであれば、危険は少ないと考えて招きに応じたのだ。もちろん警戒は怠らない。
ヴィッセル邸で即応体制を取る父オスカーは、返した馬車に乗ったヘルミーネから報告を受け取っている頃だ。
今朝早く、王国での滞在先にヴィッセル侯爵家を指定した父オスカーは、到着するやヘンリクとの挨拶もそこそこに、執事長と固い握手を交わしていた。
聞けば、執事長は父が学園時代に好敵手として互いに切磋琢磨していた同級生の父なのだそう。卒業後、王宮の文官となった彼は、ウェーバー公爵家の没落後も変わらぬ友情で密かに手助けをしてくれており、私がヴィッセル侯爵との結婚が決まった時には、彼の父である執事長にいち早く繋ぎを取ってくれていたのだ。
そして、愛すべきチーム「沼」の侍女たちも、執務補佐の二人の執事も、文官の彼が吟味して選び抜いた精鋭だったと種明かしをされた。
しかしその事は、私はもちろん、彼らにも知らされていなかったらしい。
その理由は父だった。
「ヴィクトリア自身が、仕えるに値する主人だと彼らに認められなければ、どんなに優秀な人材が側についていても意味がないからね」
そして、彼らに認められて、頼ることが出来るようになれば、人間不信で孤軍奮闘していた私の成長となり、自信になると考えていたそうだ。
【最強クルー】は、偶然ではなかった。やはり私は父には遠く及ばない。
今朝のそんなやり取りを思い出しながら、私は目の前の王家の面々から本題を切り出されるのを待った。
しかし、フィリッパから紡がれた言葉は意外な物だった。
「ヴィクトリア様、ご相談というのは、先般、近隣国でご出版された古代文学の物語の事なの。あれは預言書というわけではないわよね?」
身構えていた緊張が一気に抜け、フィリッパを見つめるまばたきが多くなってしまった。
それを見たフィリッパも、少し困ったように眉尻を下げた。
「驚かれるのも無理はないわ。私も信じられない気持ちなの。まだ公表前なのだけれど、近隣国の王女殿下がエリアスの婚約者に内定したの。二人とも顔合わせでお互いを見初め合って仲睦まじく交流していたのよ。でも突然、その物語の予言通りになるのが恐ろしいという理由で、婚約内定を取り消したいと言ってきたの」
私は、確認するようにその物語の内容をなぞった。
「その御方は、西の国境に接する国のキャロライン王女殿下ではありませんか? エリアス殿下の婚約者として王国に留学し、ともに貴族学園に入学するものの、エリアス殿下が美しい男爵令嬢ミリアに心を奪われるという物語ですね。ミリアを取り巻くのは、エリアス殿下の側近たちから教師まで、ミリアをまるで王女の様に扱い傅き、彼らの婚約者と共に、キャロライン殿下も、ミリアをいじめたなどというバカバカしい理由で、卒業パーティーという公の場で断罪し、修道院送りや、あろうことか国外追放まで命じるという……」
話しながら徐々に勢いを増す私の様子を、部屋に居る全員が呆気にとられて眺めている。
『またやってしまった。落ち着け私!』
我に返って、こほん、と咳ばらいをし、改めてゆっくり話始めた。
「……失礼しました。改めまして、婚約が内定したのは、キャロライン殿下で間違いありませんか? そして、ミリアという男爵令嬢の存在も確認できたということですね。」
一同が息を呑み、フィリッパがか細い声を上げた。
「やはり、預言書というのは本当なの……?」
その言葉を、私は力強く否定した。
「いいえ、フィリッパ殿下。それは違います。これは私の持論ですが、古代から今までの長い時間で残された膨大な数の物語の中には、名前や自分の置かれた状況をそっくりなぞるようなものがあるかもしれませんが、それははやり物語であり、自分とは違う人物の人生でしかありません。その物語の結末を知り、同じ人生を望まないなら、物語の人物とは違う行動を取れば良いのです。キャロライン殿下はその選択をされただけでは?」
その言葉に、エリアス王子が縋るように言ってきた。
「私はキャロラインを愛しているし、彼女も私の事を愛していると言ってくれているんだが、あまりにも自分たちの状況と酷似した物語が予言だとしか思えないと言って泣いているんだ。だから、ウェーバー女公に何とかアドバイスを貰えないかと思ってこうして時間を取ってもらったんだ」
エリアス殿下は俯いてなおも言い募った。
「どんなに愛してるといっても、私の心変わりが怖いと……。でも、そんなことにならないかもしれないじゃないか。私の妃はキャロライン以外考えられないんだ。私は彼女を手放したくない」
『頭の中が常春の君って、たくさんいるのね』
思わず魂の声が漏れてしまった。
「かもしれないという不確かな状態が不安の原因では? エリアス殿下のお気持ちを優先して手放さずに側に置いたとして、もしも物語通りエリアス殿下がミリアという男爵令嬢と恋に落ちた場合、それを目の当たりにするキャロライン殿下のお気持ちを考えたことがありますか? キャロライン殿下の仰る通り、婚約をしないというのは物語を変えるのならば重要な方法です。せめて、その男爵令嬢と出会うまで距離を置かれては? 残念ながら、私にできる事は何も無いと思います」
ご期待に沿えず申し訳ございませんと、この話は打ち切った。
この和やかな茶会の雰囲気を見るに、アルブレヒトは、父と腹違いの弟がウェーバー公爵家にした仕打ちを知らない様だ。
ならば、明日のために一つ確認しておかなければならない。
「アルブレヒト殿下、明日の夜会で、立太子の宣言をされるというのは本当でしょうか」
その言葉に、アルブレヒトは、私に意外そうな顔を向けた。
「先日、ヴィクトリア女公が作成してくれた王太子指名の古代契約書を受け取って、陛下も私も、既に署名を済ませているが、何か問題でも?」
『やりやがったわね、クソ国王!』
私はにこりと微笑み、指輪の印章を、持っていた小さな羊皮紙に強く押し付けた。
「正式な契約書には、四隅にこの印章と似たものが刻印されています。古代契約に使われる羊皮紙は特別製で他の羊皮紙に比べてこのように薄いのです。皮自体に透かしが入っていますから分かりにくいと思いますが、良く確認して下さい。刻印がなければそれは偽造です」
驚愕に目を見開いて私を見ているアルブレヒトを見つめてゆっくりと告げた。
「私は、王太子指名の古代契約書を作成していません。偽造の契約書に他国の王太子にサインをさせてしまえば、この国の王家は破滅します」
あまりの内容に、アルブレヒトは私の前に立ち、睥睨した。
「そなた、今の言葉が嘘であれば、王家に対する反逆である事を理解しているか」
私はその瞳を掬い上げるように見据えながら答えた。
「アルブレヒト殿下、恐れながら、私を責める前に、王家とウェーバー公爵家がこのような関係になった経緯を陛下に直接お聞きになって下さいませ。そうすれば私の言葉の理由がお分かりになると思いますよ」
そう言って窓の外に視線を移した。
そこには、隣国王家の記章とウェーバー公爵家の記章を、こちらにだけ見える位置に掲げた黒塗りの馬車が数台、馬車寄せに止まっている。
隣国王家は既にこの事を知っている。そして、ここで私が合図をすれば、馬車から隣国王家の騎士達が雪崩れ込んでくると悟ったアルブレヒトは、その場に立ち尽くした。
私は、ゆっくりと立ち上がり、カーテシーを執ると優雅な足取りでブロント侯爵邸を後にした。