【野暮令嬢】と侮った皆様、覚悟はよろしいかしら?
ざまあご覧あそばせ!
ヘンリクの乗った馬車がヴィッセル邸に到着した。
使用人一同、エントランスに勢ぞろいして出迎えている。私はそれを二階の客間の窓から見下ろしていた。
ヘンリクは、新妻が出迎えに出ていないことさえ気にならない様だ。
私は、王宮の夜会の件でヘンリクに報告しなければならないことがあるため、執事長に頼んで、彼が執務室に入ったら呼んでもらうことにしていた。
報連相は大事。
それから、今後のために本音をきちんと聞いておきたいから、執事長とのやり取りを聞かせて欲しいとお願いしたのだ。
その時、執事長から「私の事はマードックとお呼びください」と言われた。執事長を名前で呼べるのは、本人が主人と認めた人物だけなのだ。それは本当に嬉しかった。
若い執事の案内で、静かに執務室の入り口の脇で立っていると、開け放った扉の奥からヘンリクの声が聞こえて来た。
「あの【野暮令嬢】だったか? あれが邸に居ると思うと気が滅入る。書類整理が終わったらハンナの邸に向かうと約束したから準備しておいてくれ。しばらくは帰らないから、何かあれば使いを出すように」
「畏まりました」と返事をした後、執事長はいくつか届いた招待状と王宮の招待状を差し出したようだ。
「あの【野暮令嬢】宛ての招待状は今後も全て病欠で返事をするように。ああ、この王宮の夜会は、陛下から(病弱な正妻)の代わりにハンナを第二夫人と紹介して良いと許可をもらっているから、私とハンナの名前で返信しておいてくれ」
やはりそう言うことだ。
国王は自分たちの都合の悪い内情を知っているウェーバー公爵家を根絶やしにするつもりなのだ。醜聞を広げて孤立させて追い詰め、やっと祖母も亡くなり、父は国外に追いやることができた。後はしぶとく残った愚鈍な【野暮令嬢】に子を産ませなければ良い。
おあつらえ向きに、真実の愛などと声高に語って恋人を囲っている頭の中が常春のヴィッセル侯爵を唆せば、閉じ込めたまま手を出す心配もないというわけだ。
『小賢しい国王の考えそうなこと。詰めが甘いわ。牙は抜かれても爪は残ってるのよ』
そんな事を考えながら執務室の中の二人の会話を聞いていると、各招待状の返事を持った執事見習いが部屋を出てきたので、魂の掛け声とともに、にっこり笑って手を振って見送った。
『行ってらっしゃーい。気を付けて』
「招待状の事はあの女には知らせるな。学園にも通ってないんだ。どうせ執務なんか出来やしないだろうから、客間に閉じ込めて相手にしなくて良い」
ヘンリクの言葉に、執事長が答えた。
「いいえ、奥様は既に侯爵夫人の執務を完璧に熟していらして、私どもは大変助かっております。いつもありがとうございます、奥様」
呼ばれたからには出なければ。
私は軽やかな足取りで執務室の入り口に立ち、執事長に飛び切りの笑顔を向けた。
クロエを筆頭に、侍女たちに磨き抜かれた私の肌は今日もつやつやぴかぴか。波を打って背に流れるハニーブロンドの髪は窓からの光を受けて艶やかに輝いている。身を包むドレスは、ネルソン商会のオーダーメイドだ。品よく仄かに肌が透けるチュールレースは隣国で新たに開発され素材で、艶やかで爽やかな色合いが私の魅力を一層引き立てている。
「こちらこそいつもありがとう。それもみんなマードックの指導のお陰よ」
そう言うと、執事長は、胸に手を当てて答えた。
「奥様からのお褒めの言葉、光栄でございます」
そのやり取りの中、目を見開き、羽ペンを取り落したヘンリクが、ぽかんと口を半開きにして私を食い入るように見つめている。
『気持ち悪るっ』
思わず漏れてしまった魂の声を顔に出さないように笑顔で隠し、ヘンリクに顔を向けた。
報連相は大事。
「先ほどの王宮の招待状の件でご報告がございます。実は、既にヴィクトリア・ヴィッセル・ウェーバー女公爵の名前で出席の返事を出しておりますの。でも、ヴィッセル侯爵閣下はハンナ様と同伴なさるとの事ですから、私は別の方にエスコートをお願い致しますわね」
ヘンリクは、まだ私を見つめたまま返事をしない。
『気持ち悪るっ、こっち見ないで!』
私はヘンリクから顔をそむけて執事長に伝言を依頼した。
「マードック、ギルバート・バルテス前公爵閣下が王都のタウンハウスに滞在中だそうなの。後でエスコートの申し込みの手紙を渡すから、使者をお願いできる?」
そう言うと、ヘンリクを振り返り、スカートを摘まんで軽く膝を折って挨拶した。
「ヴィッセル侯爵閣下はハンナ様のお邸でお過ごしになるのでしたわね。それでは、ごきげんよう」
すると、ヘンリクが勢いよく立ち上がり、手を伸ばしてうわごとを呟くように声を掛けて来た。
「君は……」
「奥様ですよ」
間髪入れずに執事長が答えた。その言葉に、ヘンリクはなおもうわごとのように呟いた。
「しかし、あまりにも違いすぎる……」
ヘンリクがふらふらと私に近づこうとするので、思わず執事長の背に隠れてしまった。
『こっち来ないでよ!』
魂の声とともに、頭の中であっかんべーをする。
執事長は、ヘンリクの前に立ってため息を吐きながら言った。
「分厚い眼鏡にひっつめ髪と濃い化粧、変装の常套手段ですよ。ですから、不貞旅行に出発する前に一度部屋に戻るように何度も申し上げましたでしょう?」
ヘンリクは、棒立ちになって絶望的な顔を私に向けた。なんだかめんどくさい展開になりそうなので、私に近寄れないようにしておきましょう。
さあ、あの契約書の出番だわ。
私は、執事長の背中からひょこりと顔を出し、ヘンリクに声を掛けた。
「ヴィッセル侯爵閣下、ハンナ様のお邸に出発する前に、契約書の確認を致しましょう」
執事長にヘンリクをサロンに連れて行ってもらい、使用人たちにも集まってもらった。
その間に、あの契約書と、準備した品を以ってサロンに戻った。
昔、古代文書の中で見つけた「てじな」というものらしく、祖父と一緒に色々と実験を繰り返して完成させたのだ。
私が戻るまでに、ヘンリクは、サロンに掲げた卒業証書と古代文学博士の認定書の前で執事長から説明を受けたらしい。なんだか呆然自失のようにも見えるが、まあ大丈夫だろう。
私は、ヘンリクを先頭に集まったみんなの前で、あの契約書を掲げて言った。
「結婚式の日、ヴィッセル侯爵閣下が契約書にサインしたのはみんなも知っての通りでしょう? 内容の詳細は知らなかったと思うから、読み上げるわね。
【一つ、ヘンリク・ヴィッセルと、ヴィクトリア・ヴィッセル・ウェーバーの婚姻は、書類上のみの関係とし、白い結婚とする。
二つ、白い結婚に伴い、後継についてはヘンリク・ヴィッセルの婚外子を迎え入れ、嫡子とする。
三つ、ヴィクトリア・ヴィッセル・ウェーバーは、一、二以外、侯爵夫人としての最低限の権利を有する。
上記、古代契約の制約により締結されるものとする】
以上が契約内容よ。これから、最後の文言にあった古代契約の制約について説明するわね。
その内容は、この羊皮紙に聖水を振りかければ浮かび上がるの。みんなにも協力して守ってもらわなくてはいけないから、一緒に確認してちょうだい」
そう言って、契約書と一緒に部屋から持ってきていた【聖水】なる物を二瓶、香水の空き容器に入れ、部屋の明かりを消して辺りを暗くすると、みんなを下がらせ、板にピンで止めて立てかけた契約書に向かって霧吹きの様に吹きかけた。
すると、契約書の一面にびっしりと書かれた古代文字が青白く光りながら浮かび上がった。それは、ほんの短い時間だったが、文字が消えるまで息を呑んで見つめていた者たちには、まるで奇跡の様に見えただろう。
再び部屋の明かりが灯され、皆が顔を見合わせて小さなざわめきが広がって言った。
「これは、一体……」
まるで魔法のように文字が消えた契約書を呆然と見つめていたヘンリクは、消えないうちにと、私が書き留めた古代文字が並ぶ紙に目を向けて問いかけた。
「これは、八百年ほど前の古代文字ですね。契約を違えた場合の呪いが書かれています」
「呪い……」
私の手元の紙を覗き込んでいたヘンリクは、顔を上げて小さく呟くと、私に悲壮な表情を向けて来た。
「……それで、その呪いとはどんなものだろうか」
私はしっかり顔を上げ、みんなに聞こえるようにはっきりと告げた。
「もげるそうです」
その場にいた全員がぽかんとした表情で私を見つめている。
「……もげるとは……?」
私は、そう問いかけてきた執事長に顔を向けた後、ヘンリクの下腹部にしっかり視線を落とし、もう一度執事長の目をまっすぐに見つめて告げた。
「契約を違えようと行動を起こしたと同時に、もげて、落ちる、と書かれていますね」
青ざめて言葉を失っているヘンリクに、私は首をかしげて笑顔で問いかけた。
「でも、なんの心配ございませんわね? ヴィッセル侯爵閣下は紳士としての矜持をお持ちですもの、ご自分から言い出した契約を違えるなど、あり得ないことですわ」
にっこり微笑むと、ヘンリクが力なく話しかけて来た。
「その……せめて、ヴィッセル侯爵閣下と呼ぶのは止めてもらえないかな……」
「妻として扱わないと仰いましたでしょう? 他に呼びようがございません」
笑顔で即答する。
仕上げに、美しい角度で口に手を添え、ほほほ、と笑ってみた。これ、やってみたかったの。
『ざまあご覧あそばせ!』
使用人一同、エントランスに勢ぞろいして出迎えている。私はそれを二階の客間の窓から見下ろしていた。
ヘンリクは、新妻が出迎えに出ていないことさえ気にならない様だ。
私は、王宮の夜会の件でヘンリクに報告しなければならないことがあるため、執事長に頼んで、彼が執務室に入ったら呼んでもらうことにしていた。
報連相は大事。
それから、今後のために本音をきちんと聞いておきたいから、執事長とのやり取りを聞かせて欲しいとお願いしたのだ。
その時、執事長から「私の事はマードックとお呼びください」と言われた。執事長を名前で呼べるのは、本人が主人と認めた人物だけなのだ。それは本当に嬉しかった。
若い執事の案内で、静かに執務室の入り口の脇で立っていると、開け放った扉の奥からヘンリクの声が聞こえて来た。
「あの【野暮令嬢】だったか? あれが邸に居ると思うと気が滅入る。書類整理が終わったらハンナの邸に向かうと約束したから準備しておいてくれ。しばらくは帰らないから、何かあれば使いを出すように」
「畏まりました」と返事をした後、執事長はいくつか届いた招待状と王宮の招待状を差し出したようだ。
「あの【野暮令嬢】宛ての招待状は今後も全て病欠で返事をするように。ああ、この王宮の夜会は、陛下から(病弱な正妻)の代わりにハンナを第二夫人と紹介して良いと許可をもらっているから、私とハンナの名前で返信しておいてくれ」
やはりそう言うことだ。
国王は自分たちの都合の悪い内情を知っているウェーバー公爵家を根絶やしにするつもりなのだ。醜聞を広げて孤立させて追い詰め、やっと祖母も亡くなり、父は国外に追いやることができた。後はしぶとく残った愚鈍な【野暮令嬢】に子を産ませなければ良い。
おあつらえ向きに、真実の愛などと声高に語って恋人を囲っている頭の中が常春のヴィッセル侯爵を唆せば、閉じ込めたまま手を出す心配もないというわけだ。
『小賢しい国王の考えそうなこと。詰めが甘いわ。牙は抜かれても爪は残ってるのよ』
そんな事を考えながら執務室の中の二人の会話を聞いていると、各招待状の返事を持った執事見習いが部屋を出てきたので、魂の掛け声とともに、にっこり笑って手を振って見送った。
『行ってらっしゃーい。気を付けて』
「招待状の事はあの女には知らせるな。学園にも通ってないんだ。どうせ執務なんか出来やしないだろうから、客間に閉じ込めて相手にしなくて良い」
ヘンリクの言葉に、執事長が答えた。
「いいえ、奥様は既に侯爵夫人の執務を完璧に熟していらして、私どもは大変助かっております。いつもありがとうございます、奥様」
呼ばれたからには出なければ。
私は軽やかな足取りで執務室の入り口に立ち、執事長に飛び切りの笑顔を向けた。
クロエを筆頭に、侍女たちに磨き抜かれた私の肌は今日もつやつやぴかぴか。波を打って背に流れるハニーブロンドの髪は窓からの光を受けて艶やかに輝いている。身を包むドレスは、ネルソン商会のオーダーメイドだ。品よく仄かに肌が透けるチュールレースは隣国で新たに開発され素材で、艶やかで爽やかな色合いが私の魅力を一層引き立てている。
「こちらこそいつもありがとう。それもみんなマードックの指導のお陰よ」
そう言うと、執事長は、胸に手を当てて答えた。
「奥様からのお褒めの言葉、光栄でございます」
そのやり取りの中、目を見開き、羽ペンを取り落したヘンリクが、ぽかんと口を半開きにして私を食い入るように見つめている。
『気持ち悪るっ』
思わず漏れてしまった魂の声を顔に出さないように笑顔で隠し、ヘンリクに顔を向けた。
報連相は大事。
「先ほどの王宮の招待状の件でご報告がございます。実は、既にヴィクトリア・ヴィッセル・ウェーバー女公爵の名前で出席の返事を出しておりますの。でも、ヴィッセル侯爵閣下はハンナ様と同伴なさるとの事ですから、私は別の方にエスコートをお願い致しますわね」
ヘンリクは、まだ私を見つめたまま返事をしない。
『気持ち悪るっ、こっち見ないで!』
私はヘンリクから顔をそむけて執事長に伝言を依頼した。
「マードック、ギルバート・バルテス前公爵閣下が王都のタウンハウスに滞在中だそうなの。後でエスコートの申し込みの手紙を渡すから、使者をお願いできる?」
そう言うと、ヘンリクを振り返り、スカートを摘まんで軽く膝を折って挨拶した。
「ヴィッセル侯爵閣下はハンナ様のお邸でお過ごしになるのでしたわね。それでは、ごきげんよう」
すると、ヘンリクが勢いよく立ち上がり、手を伸ばしてうわごとを呟くように声を掛けて来た。
「君は……」
「奥様ですよ」
間髪入れずに執事長が答えた。その言葉に、ヘンリクはなおもうわごとのように呟いた。
「しかし、あまりにも違いすぎる……」
ヘンリクがふらふらと私に近づこうとするので、思わず執事長の背に隠れてしまった。
『こっち来ないでよ!』
魂の声とともに、頭の中であっかんべーをする。
執事長は、ヘンリクの前に立ってため息を吐きながら言った。
「分厚い眼鏡にひっつめ髪と濃い化粧、変装の常套手段ですよ。ですから、不貞旅行に出発する前に一度部屋に戻るように何度も申し上げましたでしょう?」
ヘンリクは、棒立ちになって絶望的な顔を私に向けた。なんだかめんどくさい展開になりそうなので、私に近寄れないようにしておきましょう。
さあ、あの契約書の出番だわ。
私は、執事長の背中からひょこりと顔を出し、ヘンリクに声を掛けた。
「ヴィッセル侯爵閣下、ハンナ様のお邸に出発する前に、契約書の確認を致しましょう」
執事長にヘンリクをサロンに連れて行ってもらい、使用人たちにも集まってもらった。
その間に、あの契約書と、準備した品を以ってサロンに戻った。
昔、古代文書の中で見つけた「てじな」というものらしく、祖父と一緒に色々と実験を繰り返して完成させたのだ。
私が戻るまでに、ヘンリクは、サロンに掲げた卒業証書と古代文学博士の認定書の前で執事長から説明を受けたらしい。なんだか呆然自失のようにも見えるが、まあ大丈夫だろう。
私は、ヘンリクを先頭に集まったみんなの前で、あの契約書を掲げて言った。
「結婚式の日、ヴィッセル侯爵閣下が契約書にサインしたのはみんなも知っての通りでしょう? 内容の詳細は知らなかったと思うから、読み上げるわね。
【一つ、ヘンリク・ヴィッセルと、ヴィクトリア・ヴィッセル・ウェーバーの婚姻は、書類上のみの関係とし、白い結婚とする。
二つ、白い結婚に伴い、後継についてはヘンリク・ヴィッセルの婚外子を迎え入れ、嫡子とする。
三つ、ヴィクトリア・ヴィッセル・ウェーバーは、一、二以外、侯爵夫人としての最低限の権利を有する。
上記、古代契約の制約により締結されるものとする】
以上が契約内容よ。これから、最後の文言にあった古代契約の制約について説明するわね。
その内容は、この羊皮紙に聖水を振りかければ浮かび上がるの。みんなにも協力して守ってもらわなくてはいけないから、一緒に確認してちょうだい」
そう言って、契約書と一緒に部屋から持ってきていた【聖水】なる物を二瓶、香水の空き容器に入れ、部屋の明かりを消して辺りを暗くすると、みんなを下がらせ、板にピンで止めて立てかけた契約書に向かって霧吹きの様に吹きかけた。
すると、契約書の一面にびっしりと書かれた古代文字が青白く光りながら浮かび上がった。それは、ほんの短い時間だったが、文字が消えるまで息を呑んで見つめていた者たちには、まるで奇跡の様に見えただろう。
再び部屋の明かりが灯され、皆が顔を見合わせて小さなざわめきが広がって言った。
「これは、一体……」
まるで魔法のように文字が消えた契約書を呆然と見つめていたヘンリクは、消えないうちにと、私が書き留めた古代文字が並ぶ紙に目を向けて問いかけた。
「これは、八百年ほど前の古代文字ですね。契約を違えた場合の呪いが書かれています」
「呪い……」
私の手元の紙を覗き込んでいたヘンリクは、顔を上げて小さく呟くと、私に悲壮な表情を向けて来た。
「……それで、その呪いとはどんなものだろうか」
私はしっかり顔を上げ、みんなに聞こえるようにはっきりと告げた。
「もげるそうです」
その場にいた全員がぽかんとした表情で私を見つめている。
「……もげるとは……?」
私は、そう問いかけてきた執事長に顔を向けた後、ヘンリクの下腹部にしっかり視線を落とし、もう一度執事長の目をまっすぐに見つめて告げた。
「契約を違えようと行動を起こしたと同時に、もげて、落ちる、と書かれていますね」
青ざめて言葉を失っているヘンリクに、私は首をかしげて笑顔で問いかけた。
「でも、なんの心配ございませんわね? ヴィッセル侯爵閣下は紳士としての矜持をお持ちですもの、ご自分から言い出した契約を違えるなど、あり得ないことですわ」
にっこり微笑むと、ヘンリクが力なく話しかけて来た。
「その……せめて、ヴィッセル侯爵閣下と呼ぶのは止めてもらえないかな……」
「妻として扱わないと仰いましたでしょう? 他に呼びようがございません」
笑顔で即答する。
仕上げに、美しい角度で口に手を添え、ほほほ、と笑ってみた。これ、やってみたかったの。
『ざまあご覧あそばせ!』