陰日向に咲く儚花

そして、慈とわたしはというと、相変わらず仲良く過ごしている。
悪阻でツライ時期も、わたしのメンタルが崩れてグチャグチャだった時も、慈はいつでも温かく優しくわたしを包み込み、支え続けてくれていた。

妊婦健診には、慈は出来るだけ付き添ってくれ、父親教室にも自分からすすんで参加していた。

父親教室で赤ちゃんの人形を使い、沐浴の練習をした時なんかは、これから産まれてくる我が子を想像しながら沐浴し、瞳を潤ませていて、保健師さんから「お父さん、泣くのまだ早い!」と笑われていた程だ。

まさか、慈がこんなにも涙もろいだなんて、わたしは自分が妊娠して初めて気付いた。

出産予定は9月。
その為、わたしはギリギリまで働くつもりだった。

しかし、妊婦生活はそんなに甘いものではなかった。

わたしが二度目の8ヵ月健診に行った時、医師から「切迫早産だね。明日から自宅安静ね。」と言われてしまったのだ。

突然の事にわたしは戸惑ったが、お腹が張っているのを分かっていながら仕事を続けていた自分に反省し、赤ちゃんにも職場にも申し訳なく思い、落ち込んでしまった。

そんな時もわたしに寄り添い、励ましてくれる慈。

わたしは慈に支えてもらってばかりで、自分が何も出来ていない事に更に落ち込んだ。

それでもわたしに今出来る事は、赤ちゃんの為に安静にする事だ。

自宅安静になってしまった為、急遽ではあるが、自宅にお義母さんが家事の手伝いに来てくれる事になった。
しかしお義母さんも仕事をしている為、毎日は難しく、仕事が休みの日に来て、掃除やおかずの作り置きなどをしてくれた。

「お義母さん、いつも本当にありがとうございます。」

わたしが申し訳なく思いながらそう言うと、お義母さんは「なーに言ってるのぉ!菫さんは、大事なお孫ちゃんを育ててくれてるんだから、これくらいさせてよ!産後は2週間だけしか休み取れなかったのよ、ごめんね?」と言ってくださった。

産後の事については、慈とお義母さんと話し合い、慈は一ヵ月育休を取得し、お義母さんが2週間有給休暇を取ってくれる事になっている。

協力してくれる人が身近にいるわたしは、本当に幸せ者だ。
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