陰日向に咲く儚花
わたしは音を立てないよう中へ入り、ゆっくりと玄関の扉を閉めた。
そして、忍び足で足音に気を付けながら廊下を歩く。
その声は、リビングの方から聞こえ、わたしは閉まるリビングのドアのガラス越しに、そっと中を覗き込んだ。
すると、そこには目を塞ぎたくなるような光景が広がっていた。
ソファーの上で股を開く裸の女と、それを上から覆うようにして激しく腰を動かす全裸の男の後ろ姿···――――
女の顔は見えないが、その背中は間違いなく竜介のものだった。
それからわたしはバッグから手探りでスマホを取り出すと、ガラス越しにその光景を残そうと、スマホを構えた。
その時、竜介が起き上がり、座位の形になるよう女を抱き上げた。
その瞬間に女の顔が見え、その女が紛れも無く、竜介の不倫相手である沙瑛さんだという事が明確になる。
二人は抱き合い、やらしい表情で顔を寄せ合いながら何かを話し、唇を重ねていた。
その二人の横顔がわたしの脳裏にハッキリと焼き付いていく。
出来れば見たくなかった。
こんな気持ち悪い光景、見るべきではなかった。
もしも、こんな光景に出会したとしても、わたしは平気だと自分自身では思っていたはずなのに···――――
いざ見てしまうと、なぜだろう······
心の中がざわついて、背筋から頭の先までがゾッとする自分がいた。
わたしは自分がショックを受けているのだと実感した。
でも、わたしはなぜショックを受けているのだろうか。
もう愛してもいない男が、他の女と抱き合っているだけだ。
しかしその瞬間、わたしの遠い昔のように感じる記憶から、ある言葉が蘇ってきたのだ。
『菫の事は、俺が絶対に幸せにする』···――――
いつだったか、竜介に言われたその言葉。
嘘つき······―――――
わたしは気付けばスマホを握り締め、家を飛び出していた。
こんなところに居たくない。
どこか遠くへ、離れたところへ行きたい。
行く宛もなく走る夜に変わろうとしている薄暗い住宅街。
わたしはただただ、遠くへ行きたい一心で走り続けた。