陰日向に咲く儚花
元の自宅マンション前まで来ると、わたしの足が拒むように止まる。
わたしの頭の中には、扉を開けたその先で見てしまった光景が蘇ってきてしまった···――――
玄関に置かれていた、綺羅びやかなハイヒール。
いやらしい吐息と声。
裸で抱き合う二人に、汗ばんだ竜介の背中。
そして見つめ合い唇を重ねる二人の横顔······
その瞬間、胃液が上がってくる感覚に「うっ······」と吐き気がした。
わたしは口を抑え堪えると、自分に(落ち着け、落ち着け······)と言い聞かせた。
洋服を取りに寝室へ行けばいいだけ。
リビングへ取りに行かなくてはいけない物は特にない。
(大丈夫、リビングへ行く必要はない。寝室だけで大丈夫···。)
わたしはそう自分に唱えながら、意を決して家の中へと入った。
そして真っ先に寝室へと向かい、クローゼットの中にしまってあった一番大きいピンクベージュ色のキャリーケースを出し、その中に洋服と必要最低限の物を詰め込んでいく。
その間は他に何も考えないようにし、素早く荷造りを済ませると、わたしは家を出た。
「はぁ······」
玄関から出た瞬間、まるで今まで息を止めていたかのように詰まっていた息を吐き出す。
わたしは一刻も早くこの場から去りたかった為、キャリーケースを引きながら近くの広い道路まで出ると、タクシーを拾い、慈さんの家へと帰宅した。
その後は、徒歩10分程先にある近所のスーパーまで足を運び、夕飯の食材の選ぶ。
(慈さんって、何が好きなんだろう。食事も一回しか行った事がないし、好きな食べ物も聞いた事がない······)
しかし、なぜか分からないが、慈さんなら何でも食べてくれるような気がした。
わたしは無難な献立を考えながらスーパーの中を回り、買い出しを済ませてから帰宅し、もう一件とある場所へ用事を済ませてから夕方までゆっくり過ごすことにした。