陰日向に咲く儚花


「ただいまぁ〜。」

そう言って、慈さんが帰宅して来たのは、20時27分。
ほぼ書き置き通りの時間に帰って来た。

「おかえりなさい。」

わたしはそう言いながら、キッチンで料理をしていた。

「いい匂い!料理作ってくれてたの?」

そう言いながらキッチンに入ってきた慈さんの表情は嬉しそうだった。

「わたしに出来る事はこれくらいしかありませんから。」
「そんな事ないよ!まさか、住まわせてもらってるから···とか思ってない?」

慈さんがそう言った言葉はまさに図星で、わたしは微笑んで誤魔化した。

「やっぱり。そんな事思う必要ないのに。でも、ありがとう。嬉しいよ。」
「いえ、こちらこそありがとうございます。慈さんには感謝してます。」

わたしがそう言うと、慈さんは一瞬固まり、緩む頬を隠すようにわたしに背を向けると、なぜか自分で自分の事を抱き締めるような行動を取っていた。

「···慈さん?何してるんですか?」

わたしがそう訊くと、慈さんは自分を抱き締めたまま「菫さんが可愛い事言うから······、菫さんを抱き締める代わりに自分を抱き締めてる。」と言い出したのだ。

慈さんのおかしな言動にクスッと笑ったわたしは「何ですか、それ。」と言い、慈さんの背中を軽く叩いた。

「だって、菫さんはまだ人妻だし···、この抑えきれない想いを自分で受け止めてるんだよ。」

そう言って、わたしを笑かす慈さんは、自分でも笑ってしまっていた。

「今日···、買い物へ行った後に区役所に行ってきました。」
「区役所?」
「はい、離婚届を取りに。」

わたしがそう言うと、慈さんはハッとした表情のあとにゆっくりと穏やかな表情を浮かべ「決心したんだね。」と言った。

「はい。もうこれ以上、あの人に縛られていたくないので。大体、証拠も集まりましたしね。」
「そっか。落ち着くまで色々大変だと思うけど、俺も支えるから。」
「ありがとうございます。」

そう話した後、わたしたちは微笑み合い、それから慈さんの「この匂いでお腹空いてきた〜!」と言う言葉で夕食モードへと切り替わった。

「今日は中華にしました。」
「いいねぇ、中華!」
「回鍋肉と玉子スープ作ってるんですけど、食べれますか?」
「大好きだよ!夕食作ってもらえるなんて最高だなぁ〜!」
「食べれるなら良かった。作った後で玉子アレルギーとか大丈夫かなぁって、ちょっと不安になってたんです。」

わたしがそう言うと、慈さんは「食物アレルギーは特にないから大丈夫だよ!それにアレルギーあっても、菫さんの料理なら食べるから!」と言って、笑っていた。

「いや、アレルギーあったら食べちゃダメじゃないですか。」
「いや、食べる!何が何でも食べる!」

そんな会話をしながら笑い合うわたしたち。

竜介だったら、わたしの料理を馬鹿にして、またゴミ箱にでも捨てていただろう。

そんな虚しかった日々の事を思い出しては、今の穏やかな現状にわたしは幸せを感じていた。

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