陰日向に咲く儚花


次の日からわたしは慈さんのマンションから出勤するようになった。

変わったのはそれくらいだが、何より竜介と同じ家に帰らなくて済むようになり、暴言を吐かれずに済むようになった事がわたしにとってはかなり大きかった。

相変わらず、業務自体は忙しい。
毎日のように本社からやってくる大量の作業指示に、広告品の陳列や納品された商品の品出しをしながらの接客やレジ対応。

細かく言えばキリがない程、業務は山積み状態だ。

この日わたしは、季節限定のメッセージカードの差し替えをしていた。

季節外れになったメッセージカードの返品作業をし、空いた棚を新しいメッセージカードで埋めていく作業。

するとそんな時、横の通路を通って行く人の気配を感じ、わたしは反射的にそちらの方を向いた。

その瞬間、まるでスローモーションのように見えたその人物の姿に、わたしの中の何かがプチッと切れた。

その横を通っていた人物とは、隣の売場で働く沙瑛さんだった。
文具売場と衣料品売場は隣り合っている為、姿を見掛ける事は珍しいことではなかった。

しかし、この時のわたしには、沙瑛さんの姿を見る事は、あまりにもダメージが大き過ぎたのだ。

(あれっ·····何か目眩が······)

頭がクラクラとし、わたしの視界が揺らいでくる。
わたしは咄嗟にメッセージカードの棚に手を付いた。

その衝撃で揺れる棚と、散らばり床へと落ちるメッセージカード。

わたしはそのまましゃがみ込んでしまい、目の前が真っ暗になり、そのあと意識を失ってしまった。



目が覚めると、わたしはどこかのベッドに寝かされ、天井を見上げていた。

独特な薬品のニオイに、ここが病院だと気付くのに、それほど時間はかからなかった。

「あ、野花さん?目覚されました?」

すぐ傍で聞こえる女性の声にふと顔を横に向けると、そこには丁度点滴のチェックに来てくれていた看護師さんが立っていた。

「職場で倒れたんですよ。覚えてますか?」
「···はい、何となく。」
「過労と過度なストレスが原因みたいですよ。野花さん、無理し過ぎちゃってたんですね。」

過労と過度なストレス···――――

心当たりがありすぎて、わたしは返す言葉が出てこなかった。

「今、ご主人が先生と話してらっしゃるので、呼んで来ますね。」

看護師さんは柔らかい表情でそう言うと、ベッドを囲うように閉まるカーテンの向こう側へと行ってしまった。
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