陰日向に咲く儚花

「当時の婚約者も、やっぱり両親の反対を押し切ってまで結婚は考えられないって言ってたし、俺もそれは望まなかったから、結婚の話は白紙になって結局別れたんだ。それからずっと誰とも付き合ってない。」

慈さんはそう言うと切なそうに微笑んで、うどんの最後の一口をすすっていた。

「すいません、何か···そこまで話させてしまって······」

わたしがそう言い謝ると、慈さんはキョトンとしながら「えっ?全然!俺、NGな話ないから大丈夫だよ!」と明るい口調で言ってくれた。

「正直さぁ、その結婚の話がなくなってから、自分に自信が持てなくなっちゃってさぁ。やっぱり男は経済力が大事なんだなぁ〜って、改めて実感させられたというか。だからそれが悔しくて、頑張って今主任にまでなったけど、まだまだ足りないよ。」
「男は経済力、かぁ······。確かに経済力を求める女性は多いかもしれませんね。」
「そりゃそうだよね!無いより有るに越した事ないからね。」

しかし、慈さんの言葉を聞いても、わたしはピンとこなかった。

今までわたしは竜介の経済力をあてにした事はなく、自分で何とかしてきたからかもしれない。

「だからさ、正直言うと今まで何人もの女性から声は掛けられてきたけど、また同じ事の繰り返しになるのが怖くて、恋愛する気になれなかったんだ。」
「そうなっちゃいますよね。」
「うん······、でもね、今の店舗に異動して来て、初めて菫さんを見た時···、俺の中で何か、こう、心を擽るような感覚があってさ。」

そう言いながら、慈さんは自分の胸に手を当てていた。

「バックルームでさ、細い腕で一生懸命、重たいコピー用紙を運ぼうとしてる菫さんを見た時、何ていうか、キュンときちゃったんだよね。」
「えっ?コピー用紙を運ぼうとしてるわたしに?キュン?」
「そう!今まで仕事をしてる女性は周りにたくさん居て、見てきたけど、あの感覚は初めてだった。誰にも頼ろうとしないで、自分で何とかしようとしてる姿が、可愛く見えちゃったんだよなぁ〜。」

そんな事を言われ、何だか恥ずかしくなってくるわたし。

ただコピー用紙を運ぼうとしていただけで、そんな風に思われていただなんて思いもしなかった。

「あの時から、菫さんの事が気になっちゃってさ。見掛ける度に仕事に一生懸命で、誰よりも売場を駆け回ってる姿が素敵でさぁ。放っておけなくなる感じ?」
「そんな事、初めて言われました。」
「言わないだけでみんな思ってるよ!菫さんは知らないかもしれないけど、他の部署でも菫さんの評価高いからね?」
「そうなんですか?」

初めて聞く話に内心信じられない気持ちもあったが、慈さんが嘘をつくような人ではない事は分かっている。

誰かからの評価を気にした事はなかったが、見てくれている人が居るんだと知れた事にわたしは喜びを感じる事が出来た。
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