陰日向に咲く儚花

「菫さん。だからね?さっき、どうして俺が独り身なのかって質問があったけど、その答えとしては、今までは自信を失って恋愛に臆病になってたから···だけど、それは今までの話。」

慈さんはそう言うと、身体をわたしの方へ向け、わたしの手を取ってギュッと握り締めた。

「今は、菫さんが野花課長の元から離れて、俺のところに来てくれるのを待ってる。だから、独り身でいる必要があるんだ。」

そう言って照れくさそうに微笑む慈さんは、「あれ?俺、今めっちゃキザなこと言った?」と言って照れ隠しをしようとしていた。

わたしはそんな慈さんにクスッと笑うと、「めっちゃキザでした。」と言い、わたしたちは顔を見合わせて笑い合った。

でも、慈さんの言葉は素直に嬉しかった。

わたしが竜介と離婚した後、慈さんと一緒に居れる為に、慈さんは独り身でいる必要がある···――――

そんな風に考えてくれていたなんて、わたしは何と言って感謝を伝えたらいいのか分からなかったが、今はその握り締めてくれた大きくて温かい手を握り返す事くらいしか思い浮かばなかったのだった。



それからわたしは一週間の自宅安静を得て、無事に仕事復帰した。

わたしはいつもと変わりなく出勤し、まずは迷惑をかけてしまった木浦主任と橋口さん、それから同じレジカウンターを使うホームファッションの人たちに謝り回った。

木浦主任と橋口さんは「おかえりなさい。」と温かく迎えてくれ、わたしはホッとした。

しかし、想定内ではあったが、やはり森田さんからは嫌味の嵐を浴びた。

「大変だったのよ?野花さんが居ないから、日向主任と木浦主任は忙しそうだったし、わたしたちまで手伝わされたのよ?」

そう言う森田さんにわたしはただ頭を下げ、謝る事しか出来なかった。

そんな時、「あ〜ら!菫ちゃん!今日から復帰?大変だったわね〜!」と声を掛けて来てくれた人物がいた。

「あ、吉光(よしみつ)さん。おはようございます。」

そう、声を掛けて来てくれたのはギフトコーナーの吉光さんというお喋り好きのおばちゃんだった。

吉光さんはわたしの方まで駆け寄って来てくれると、わたしに「はい、チョコレート!」と言って、よくみんなに配っているチョコレートを差し出してくれた。

「ありがとうございます。」
「甘い物食べながら仕事すれば元気出るわよ!」

そんな吉光さんの登場に、森田さんはまだ嫌味を言い足りなさそうではあったが、何も言わずに去って行った。
< 52 / 114 >

この作品をシェア

pagetop