迷信の生贄花嫁、食べられると勘違いしたまま竜王陛下の溺愛が始まって戸惑ってます~食べるって物理的な意味ですよね?~
紫紺蝶は二匹に分裂すると、フィリーネの邪魔をするように顔の前で飛び、それから置き時計に留まった。短い針は既に一番上を差している。
「早く寝なさいって言っているんですか?」
紫紺蝶は喋らないけれど、何を言っているのかフィリーネはなんとなく理解できる。
置き時計から飛び立った紫紺蝶は、正解だというようにベッドへと移動した。
苦笑するフィリーネは、観念したようにノートを片づける。
「分かりました。寝ます。寝ますから!」
追い立てられるように机の上の灯りを消して、席を立つ。席が窓際なので灯りを消すとカーテンの隙間から月光が降り注いだ。
(今夜は月が明るいです。満月のようですね)
締め直そうとカーテンを掴んだら、外の景色が視界に入る。濃紺の空には煌々とした満月と、銀の砂を撒いたような星が静かに瞬いている。
中庭も月光に照らされて普段とは違う顔を見せていた。
紫色のライラックと、サンザシの白い花は降り注ぐ光を浴びて神秘的だ。
景色に見惚れていたら、中庭に誰かがいる。シドリウスだ。
「こんな時間に何をしていらっしゃるのでしょう?」
いつも背筋を伸ばして優美かつ堂々としているのに、今夜のシドリウスは背中を丸めて項垂れている。明らかに疲弊しているようだった。
紫紺蝶が窓をすり抜けてシドリウスの方へ飛んでいく。あんなに早く寝るよう急かしていたのに、今度はシドリウスの元に行けと言っているような気がする。
紫紺蝶はしばらくひらひらと宙を舞っていたが、そのうちスーッと姿を消してしまった。
「元気がないのは私の気のせいじゃないみたいです」
哀愁漂う姿が放っておけなくて、フィリーネも外に出ることにした。