破断直後のEt cetera

(でもこれだけ空席が目立つ食堂でわざわざ私の前に座るということはきっと、お父さんの会社絡みで色々言われるんだろうな〜。)

 私はこの十二村製薬で有名人だ。

私が株式会社オージス代表取締役社長の娘であり、十二村部長の婚約者であることは、入社時に配属された部署の上司が、飲み会で口走ったことが大きな要因だろう。

十二村部長と仲がいいのであれば尚のこと。当然楢崎課長も知っているはず。

オージスはこの会社と同じ土俵に立とうとしているのだ。きっとそのことを言われるのだろうと身構えた。          

「大路さんさ、前は総務部にいたんだよね? けっこう英語を扱う仕事が多かったの?」

「ええと、ですね。海外メーカーから輸入して調達する際の書類作成をしていました。それくらいですかね?」      
    
「今年度の部長ミーティングの資料と議事録は大路さんが作成してるって明記されてるけど、海外支店の部長用に英訳までしてたよね? あの英訳資料はどうやって作ってるの?」

 まさかの資料の話を振られて、肩透かしをくらう。

しかも、特に用意する必要はなかった英語訳の資料の話だ。何をどう説明すればいいのかと一瞬躊躇ったものの、今更隠すことでもないと腹を括る。

「実は私、昔から十二村部長に会話をしてもらったことがないんです。」

「え? そうなの!?」

「はい。それで、どうにか会話してもらおうと必死で。学生時代に、大好きだった小説の英訳本を読んで勉強したんです。」

「うん。それで、それが十二村にどう繋がるの?」

「十二村部長、英語の偏差値が70以上って聞いていたもので。私も英語が上手くなれば、少しは十二村部長に振り向いてもらえるのではないかと思いまして。」

 楢崎課長が持つ箸が、一向に進んでいない。

私を見て呆気にとられているのだ。     

「でも結局、頼まれてもいない英語版の会議資料を作ったところで、何一つねぎらいの言葉はありませんでしたけど。」

 正直、自己満足で完結してしまった感は否めなかった。

十二村部長は英語が堪能で、私も頑張って追いつこうとしたから何だというのだろう?

 軽く笑ってみれば、楢崎課長はやっぱり私に異質な目を向けている。

「いや、凄いね大路さん。独学だけで英語の会議資料まで作れるなんて。相当凄いことだと感心するよ。尊敬する。」

「そう言ってくださるのは楢崎課長くらいです。ありがとうございます。」

 心にじんわりと温かいものが宿る。

自己満足だったとしても、こうして見ていてくれた人がいて、褒めてくれる人がいるのだ。

自分のやりがいを認めてくれる人がいる。

それを思うと、仕事に関しても、プライベートに関しても、何一つ声をかけてくれない十二村部長は、やっぱり最初から私のことなんて目に見えていなかったのだろう。   
 
改めて実感する。いつまでも光が宿らない、一歩通行の恋ばかり追い求めていても自分は成長できないのだ。

 覚悟を決めた。十二村部長と、詩太さんと婚約を解消する覚悟を。

それからこの会社も退職しようと思った。元婚約者のいる会社にもう私の居場所はないだろうし、何よりお父さんの会社はこの十二村製薬と競合になろうとしているのだ。

もう涙は出なかった。






 
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