破断直後のEt cetera


「赤堀部長と檜佐(ひさ)さんは昨日の夜からすでにボストンに行っていてね。ボストンの総合病院は、この論文内容を実現できる会社と手を組みたいって言ってるんだよ。」

「じゃあ、競合が集まる場になるってことですか?」

「うん。なかなか面白いよね!」


 生き生きとした表情で笑う楢崎課長は、本当にこの部署に向いているらしい。普通だったら、そんな責任重大な場面に出くわすだけでもプレッシャーだろう。

 ちなみに檜佐さんとは、もう一人の男性の秘書だ。小さい頃からご両親の海外赴任が相次ぎ、海外でのコミュニケーションスキルが高いらしい。

 そのため、前任の基村さんから引き継ぎ、檜佐さんが赤堀部長の海外出張に同行しているのだとか。

 そんなに凄いメンバーの中で、私一人だけが異質に思えてしまう。

 
「大路さん。あんま固くならないでね。ここのメンバーってけっこう適当だったりするし。」 

 
 私の緊張感が伝わってしまったのか、楢崎課長にこっそりと耳打ちをされる。

 離れる際に、軽くポンポンと肩を叩かれた。  

 楢崎課長の“女慣れスキル”に早くも絆されそう。

 

 結局論文の翻訳を終えたのは、お昼すぎのことだった。天王寺さんがこまめに教えてくれたため、少しだけ緊張はほぐれていた。

 ただしすでに空腹を通り越して、とっくに胸とお腹はいっぱいだ。  
  
 せめてなにか胃に入れておこうと、オフィス18階にあるリフレッシュスペースに足を踏み入れる。

 このフロアは、社員の息抜きと、リラックスしながら仕事の話やミーティングができる空間として、社員全員がくつろげるスペースとなっている。

 とはいえ私はあまり利用したことはない。食堂も、なるべく人のいない時間に利用することが多いのは、十二村部長の婚約者だと周りに噂されるのが嫌だったからだ。

 でもなぜだろう。婚約解消となった今、もう噂されることを恐れていない自分がいる。

 むしろ、婚約解消したにも関わらず、この会社に留まっている方が噂の対象にされる可能性が高いというのに。不思議だ。
 

 スペース奥にある、コーヒーマシンで初めてコーヒーを淹れてみようと思い立つ。

 でもボタンが多すぎて分からない。コーヒー一つでこんなにボタンは必要なのだろうか?

 しかもこんなにお洒落なコーヒーマシンは、カフェ専門店でしかお目にかかれない。

 
「コーヒーマシンにこだわってる暇あったら、珈琲職人でも雇いなさいよ。」

 
 カップを置いたまま腕を組み、タメ息をこぼす。

 すると、後ろから大きな手がマシンに向かって伸びてきた。


「悪かったな。珈琲職人を雇っていなくて。」

「っ! 十二村部長!」


 避けるようにして両肩を上げる。

 十二村部長が、眉根を寄せて私をギロリと睨んだ。

 目が合って、すぐに視線を外す。




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