破断直後のEt cetera


「やっぱり、“箱入り”はコーヒー一つ淹れられないって本当なんだな。」 

「は、はあ?! そんなわけないでしょ?!」

「現に使えていないだろう。」

「私、普段コーヒー飲みませんもん! もっぱら梅昆布茶ですから!」


 その時、「ブフっ」と十二村部長が吹き出すように笑った。でもすぐに咳払いして、再び睨み顔を利かせる。


「梅昆布茶飲むやつがコーヒー飲むな。」    

「ちょっとなにそれ?! 意味分かんないんですけど!」
     
 
 たかが飲み物とはいえ、パワハラまがいの言葉に、思わず舌打ちが出そうになる。

 でも十二村部長が私にコーヒーを渡してくれて、怒りがコーヒーのアロマに霧消する。

 
「あ、りがとうございます……。」

「このボタンはコーヒーの種類を表しているんだ。このカップマークの分量が少ないのがエスプレッソで、真ん中がレギュラー、」

   
 なぜか部長がコーヒーマシンについて教えてくれる。さっきまで憎まれ口を叩いていたと思ったら、詳しく“濃さ”の調節方法まで教えてくれた。びっくりだ。

 その他にもカウンターには、ミルクやポーション、マドラーなども備え付けられており、セルフサービスとはいえちょっとしたカフェ気分を味わえる。
 

「コーヒーに、このチョコキャラメルポーションとミルクと砂糖を入れるのがおすすめ。」

「え、ええっ。それって甘くなりすぎません?」

「甘いのが嫌いなのか?」

「い、いえ! まさか十二村部長が甘いの大丈夫とは知らなかったんで。」


 もちろん私だって甘い物は大好きだ。

 ただ十二村部長が甘いものを口にしているところなんて見たことがなかったし、そこまで甘くしたら高血糖とかを気にしそうなイメージだった。     

 
「砂糖も入れる?」

「いえ、私はポーションとミルクだけで大丈夫です。」


 さすがに砂糖まで淹れて飲める自信はない。

 十二村部長は自分のコーヒーに、せっせとオプションを追加していくのをじっと見つめてしまう。

 最後にマドラーで混ぜてから、気まずそうに私を一瞥した。


「ここだけの話、俺、苦いの苦手なんだわ。」

「……日本酒、頼んでましたよね?」

「いつも甘い日本酒しか飲まない。」


 部長の伏せた長いまつ毛と、少しだけ染まった頬に吸い寄せられそうになった。   


「い、意外です。」

「だろ?」

  
 ふと瞳と瞳が重なる。少しだけ上がる彼の口角が、キュッと窪んだ。 

 絶対に手の届かない存在だと思っていた人が、急に至近距離まで詰めてくるようなこの感じ。今まで知りもしなかった情報に混線しかけた。

 胸の奥が温かくなっていくのを感じる。

 『好き』だと思おうとして、すぐ『好きだった』に頭の中で変換する。

 人類は、“ギャップ萌え”と上手いことをいったもんだと思う。

 一人の上司として、嫌だと思っていた上司が、実はこんなにもかわいい人だったのだと思えば自制できる。 
  
 手の中のコーヒーカップが、少しだけひしゃげた。
     
 

  

   
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