破断直後のEt cetera
「もうすぐバレンタインか。うちの会社はバレンタイン禁止だから気にも留めてなかったな。」
「そ、そうですよね。十二村部長なんてきっと貰うチョコの数、多そうだから、お返しが大変になりますもんね! いいルールだと思います!」
「まあな。大路が入社前は、まだ禁止じゃなかったから大変だった。」
「ほほう、自慢ですか。」
「あんなもの会社の人間から貰ったって、忖度しか感じられねえけどな。」
「そういうもんですか? もっと素直に喜んだらいいのに。」
「喜べるか。だって俺はこの会社の跡継ぎなんだぞ? チョコ一つも賄賂としか思えない。」
チョコが賄賂とか、なんて歪んだ性格なのだろう。心のタメ息が漏れる。
でも十二村製薬代表取締役社長の御子息なのだから、同じ部署の女性陣は、きっとあげないわけにはいかなかっただろう。
「だから俺が上層部に訴えて、社内でのバレンタインと年賀状を禁止にさせたんだよ。」
「そうだったんですか?!」
「俺がこの会社にいる以上、永遠と終わらない儀式だろ。」
「う〜ん、そうですよね。周りも迷惑でしょうしね。」
「はあ? ってまあ、その通りだよな。」
「もしかして、社会人になる前からバレンタイン嫌いでした?」
「当たり前だろう。大学の時なんて、『就職先アテにしてるから』って言いながら俺にチョコ渡してきた女もいたんだから。」
「……なんていうか、冗談でも冗談に聞こえませんね。」
「だろ?」
淡々と喋る部長を余所に、私は大きく胸を撫でおろし安堵する。
(よかったぁ〜〜〜〜! 結局一度も渡せなかったのが運の尽きだ!)
もしチョコを渡していても、貰ってもらえなかったかもしれない。あれだけ頑張って作って突き返されていたら、10代の頃の私には、とても耐えられなかっただろう。
“なるようになる”とは上手く言ったもの。渡さなくて正解だったのだ。
「あ、私そろそろ戻りますね? 部長のカップも一緒に捨てておきます。」
空になったコーヒーカップを2つ手に取り、ソファを立ち上がる。
すると部長が私を引き留めた。
「大路」
「はい、なんですか?」
「今年はその、韓国アイドルにチョコをやるのか?」
「当たり前でしょう! あげるつもりです!」
「アイドルにやって何かお返しがあるのか?」
「何言ってるんですか! シウ君はいつだって私に元気を与えてくれます! 笑顔で踊って歌って、私たちにメッセージをくれる!」
「……はあ?」
「悪いですけど、私は“お返し”のためにチョコを作ったことなんて一度もありませんよ! 自分の気持ちを伝えたいだけです!」
「てめぇ、どんな奇特な女だ。」
「『好き』って気持ちを伝えるのが奇特なら、チョコを『忖度』だという部長はただの皮肉屋ですね。」
軽く笑いながらカップをダストボックスに捨てにいく。
『皮肉屋』だなんて皮肉を言いながらも、少しだけ部長の境遇が理解できた。