破断直後のEt cetera
「触らないで下さい。もう私、帰りますので。」
部長の手を軽く払えば、部長に手首を掴まれる。
「帰るなら送っていく。楢崎は、」
「十二村。この期に及んで僕まで送っていくつもり?」
「いいや? 楢崎は電車だが、俺は今日車だ。だから大路に、俺に送られろと言っている。」
横柄且強引な態度で私の手首を引いて歩いていく十二村部長。
慌てて楢崎課長に向けて会釈をした。
私は握られた手首の温度に温められながらも、つい拒絶するような言葉を溢してしまう。
「部長、なんなんですか? 意味が分かりません! 部長が私を煽るのはいいのに、私が部長を煽っちゃいけないんですか?!」
近くのパーキングに入れば、十二村部長の黒い車が停車していた。
部長が助手席のドアを開けて、私に『入れ』と顎だけで促す。
「嫌です。そうやって肝心なとこばっかはぐらかす癖に……き、キスしてくるし……」
助手席を前にして、顔を伏せる。
いつだって部長はキスではぐらかしてきた。その事実を伝えているだけなのに、これじゃあまるで、私が部長にキスを求めている気がして嫌になる。
「おふくろだよ。」
「はい?」
車のドアの上に手を乗せて、視線を外しながら小声でつぶやいた部長。
嫌そうな顔で、もう一度溜め息交じりに口にする。
「さっき一緒に歩いてたの、おふくろ。今日はたまたまうちの会社の近くまで来てたから、無理やり呼び出されて散歩してただけだ。」
「え……部長の、お母さん?」
「大路も何度か会ってるだろう。なんで覚えてないんだよ。」
「だ、だって、女性の顔までは見てなかったから!」
「ああ、糞。なんで30にもなって母親に腕組まれてるとこお前に見られんだよ。」
ちょっと照れくさそうに頬を掻く部長が、睨むようにして私を見てくる。
まるで、『自分は白状したんだから、お前も白状しろ』とけしかけられているみたいに。
「わ、私は、あれですよ。その、部長が知らない女性と腕組んで歩いているのを見て、悲しくなって……」
「それで俺を煽ろうとしたのか?」
「違いますよ! あれは、たまたまあそこに楢崎課長がいたから、慰めてくれていただけで……。」
こんなのもう、私が部長に耽溺しているのが見え見えだ。
このまま助手席に乗り込めば、この先一生部長に翻弄される人生を送ることになる。
その覚悟を試されている気がして、なかなか乗り込めないでいた。