悪女ロベリアの矜持 ~欲にまみれた王族の皆様。〝ただの側室〟に翻弄される気分はいかがですか?~
 私は手を洗い、必要な器具をそろえてゆっくりとあて布を外していく。
 裂けた箇所は、もう縫合の跡が落ち着きかけていた。

 どちらからも口を開かないまま、ガーゼが擦れる音と、互いの息づかいだけが小さく響く。

 手を動かしながら、騒動の日のことを思い出す。
 手当てを買って出た私に、イレーヌは散々毒づいていたけれど、ヴェロニカは気まずそうに「ありがとう」と言ってくれた。
 恩を売りたかったわけではないけれど、あの消え入りそうなほど小さな声が、妙に温かかったのを覚えている。

 「ふふ」
 「……なに笑ってるのよ」

 思わず漏れた声に、ヴェロニカがムスッとする。

 「ごめんなさい。頼ってもらえるのが少し嬉しくて」
 「べ、別に頼ったわけじゃ……」

 もごもごと言って、目元がわずかに赤くなる。
 こんなふうに感情が表に出ているヴェロニカを見るのは初めてだ。
 いつもは優しい微笑みの裏で抜け目なくチャンスを狙っている野心家といったふうだったのに、今は年相応の少女にしか見えない。

 ヴェロニカは言い訳を考えるのを諦めたのか、ふう、と短くため息をついた。

 「私はもう降りることにしたの」
 「降りる?」
 「そ。後宮の権力争いからね。こんな顔になっちゃったし、どっちにしろ無理だけど」

 さっぱりとした口調でヴェロニカが言う。
 イレーヌとの取っ組み合いで毒気が抜けたのか、言葉の通りギラギラした野心はもう鳴りを潜めていた。

 「そう……」
 「あんたのこと、高みの見物してて嫌な女って思ってた」
 「それは……感じていたわ」

 ヴェロニカが友達みたいに笑って言うので、私も友達みたいな口調で苦笑を返した。
 高みというよりは舞台に上がること自体を避けていたのだけど、そう見えても仕方ないというのも分かっている。

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