悪女ロベリアの矜持 ~欲にまみれた王族の皆様。〝ただの側室〟に翻弄される気分はいかがですか?~
 少し前までなら、間を置かず「はい」と言えたのに。
 紡ごうとした言葉が喉でほどける。

 帰りたい。
 ずっとそう思ってきた。けれど。

 「無理に答えなくていい」

 殿下がやわらかく微笑む。
 その優しさが、胸の奥の何かをそっと撫でた。

 離れたくない、と強く思ってしまった。
 彼が国王だったら、なんて。
 一国民として思っているつもりの自分が恥ずかしくなる。

 王様として、なんかじゃない。
 私はただ、彼がこの後宮の主であってほしかっただけ。

 「エミリオ殿下」

 気づけば呼んでいた。
 彼が首を傾げる。

 「……いえ。なんでもありません」

 言い換えた言葉は、喉の温度を保ったまま静かに空気に溶けた。
 こんな気持ちが誰かに知られたら、後宮を追い出されるだけで済まない。
 分かっているのに、怖いのに、それでも止め方が分からなかった。

 戻ってきた医官にその場を譲り、殿下に笑顔で別れを告げ、医務室を出る。

 足早に自室に向かいながら、自分の胸の内に生まれた感情に、はっきりと名前が刻まれるのを感じていた。

 帰りたい。
 でも、今はまだ帰れない。

 私は、彼に恋をしてしまったから。
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