アンケート ― 選ばないという選択 ―

第48話 壊れていくのを

「続けようとしていた」という言葉が、部屋の中に残った。

誰もすぐには動かなかった。翔がキーボードから手を離した。朝倉が美佳を見た。美佳は久坂を見たまま、言葉を選んでいた。

「ミオさんは」と美佳は言った。「怖くなって、止めようとしたと聞いていました」

「誰からですか」と久坂は言った。

「有栖川さんから」

久坂は有栖川を見た。有栖川は久坂を見た。二人の間に、何か既存の文脈があるように見えた。

「有栖川さん」と久坂は言った。「あなたはミオからそう聞いたんですか」

「そう聞きました」と有栖川は静かに言った。「ミオが怖い人がいると話していた。止めようとしたが止めきれなかったと」

「怖い人、というのは私のことです」と久坂は言った。「それは正しい。ミオは私を怖がっていた」

「でも」と美佳は言った。

「でも、止めようとしていたのは私の方です」と久坂は言った。「ミオが続けたがっていた。私が止めようとした。ミオは止めさせたくなくて、私を怖い人として有栖川さんに伝えた」

有栖川の表情が動いた。わずかだったが、美佳には見えた。

「理由は」と有栖川が言った。声が、少し変わっていた。「ミオが続けたがっていた理由は」

久坂は少し間を置いた。

「ミオ自身が、答えを必要としていたから」と久坂は言った。「LAPISは、他の誰かのために設計したシステムではありませんでした。最初は、ミオが自分のために作ったものです」

久坂がテーブルの端に近づいた。デバイスの横に手を置いた。

「座ってもいいですか」と久坂は言った。

「どうぞ」と美佳は言った。

久坂が椅子を引いた。四人の中で、翔が自分の椅子を久坂の方に向けた。朝倉も立ったまま、少し位置を変えた。五人が同じ部屋にいる形が、ゆっくりと作られた。

「ミオとは十二年前に知り合いました」と久坂は言った。「大学の研究室です。ミオは当時から、人間の選択に強い関心を持っていた。なぜ人は選べるのか、なぜ選べなくなるのか。選択の構造を解明したかった」

「研究として」と翔が言った。

「最初は」と久坂は言った。「でもミオには、個人的な動機があった。ミオ自身が、選べない人間だった」

美佳は久坂を見た。

「何も選べなかったわけではありません」と久坂は続けた。「ただ、自分の選択を自分で信じられなかった。選んだ後に必ず、これでよかったのかという問いが来た。答えが出ないまま次の選択が来て、また疑う。そのループの中にいた」

美佳は黙って聞いた。

「LAPISは」と久坂は言った。「そのループを解消するために、ミオが設計したシステムです。問いを外に出して、整理して、選択の根拠を可視化する。自分の選択を信じるための道具として」

「それが」と朝倉が言った。「なぜ他の人間に使われることになったんですか」

「ミオが、自分だけに使うことに限界を感じたから」と久坂は言った。「自分のデータだけでは、比較ができない。他の人間のデータと照らし合わせることで、初めて自分の選択の位置が分かる。そう考えた」

「他の人を、自分のために使った」と美佳は言った。

「ミオはそう思っていなかった」と久坂は言った。「参加者にも同じ効果があると信じていた。実際、効果があった人もいた。でも」

久坂は手をテーブルの上で組んだ。

「依存が生まれた」と久坂は言った。「翔さんの仮説は正しかった。問いへの依存を育てる構造が、意図せず組み込まれていた。ミオはそれに気づいて、でも止められなかった。自分自身が一番深く依存していたから」

翔が静かに息を吐いた。

「あなたは」と美佳は久坂に言った。「止めようとした」

「はい」と久坂は言った。

「なぜ止めようとしたんですか」と美佳は言った。「あなた自身は、依存していなかった?」

久坂は美佳を見た。

「私は」と久坂は言った。「設計の外にいました。LAPISのアンケートに、私は一度も答えていない」

「設計した人間が」と朝倉が言った。「自分では使わなかった」

「設計したから」と久坂は言った。「構造が見えていた。どこに依存が生まれるか、どこで断れなくなるか。見えていたから、入らなかった」

「それは」と美佳は言った。「止めようとした理由になりますか」
久坂は少し黙った。

「なりません」と久坂は言った。「正確な理由は──ミオが壊れていくのを、見ていられなかった」

部屋が静かになった。

工場の低い音が、遠くから聞こえていた。

「ミオは今」と有栖川が言った。「どこにいますか」

久坂はテーブルの上の古いデバイスを見た。

「このサーバーに」と久坂は言った。「三日前にアクセスがありました。最後に確認できた場所は、この建物の近くです」

「近く」と美佳は言った。

「ユリさんのノートに、場所を教えた人間がいる」と久坂は言った。「私ではありません。ミオです。ミオはまだ、続けようとしている」

美佳はノートを見た。テーブルの端に置いたままだった。

場所を教えてもらった。行かないと答えが出ない気がする。

ユリに場所を教えたのは、ミオだった。

「ミオは」と美佳は言った。「ユリさんを通じて、私に何を伝えようとしているんですか」

久坂は美佳を見た。

「設計者になってほしいんです」と久坂は言った。「ミオの代わりに。ミオはもう、自分では続けられない。だから──」

「だから私を選んだ」と美佳は言った。

「ええ」

美佳は久坂を見た。久坂の表情は穏やかなままだった。

「あなたは」と美佳は言った。「私に設計者になってほしいと思っていますか」
久坂は少し間を置いた。

「思っていません」と久坂は言った。「止めてほしいと思っています。私が一人では止められなかったものを」

「なぜ一人では止められなかったんですか」と美佳は言った。

久坂は答えなかった。

十秒の沈黙の後、久坂は立ち上がった。

「今夜はここまでにします」と久坂は言った。「デバイスは置いていきます。設計図を見れば、止める方法が分かります」

「また来ますか」と美佳は言った。

「あなたが呼べば」と久坂は言った。

久坂はコートの前を合わせ、扉に向かった。

扉の前で一度止まった。振り返らなかった。

「ミオに会いたいなら」と久坂は言った。

「設計図の最後のページを見てください。ミオが最初に書いた問いが、一つだけあります」

扉が閉まった。

足音が階段を下りていった。規則的で、急いでいなかった。一階の扉が開き、閉まった。
静かになった。

五人が四人に戻った部屋で、美佳はテーブルの上の古いデバイスを見た。

翔が「開きますか」と言った。

美佳は頷いた。
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