ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。
 ◇

「三限受けてたの?」

 瀬川くんがそう言いながら、読みかけの本を脇に置いてくれた。

「うん。あの博士みたいな先生の、社会学の授業」

 その動作があまりに自然で、ホッと息をつきながら、ノートと筆箱を取り出した。

「もう、大変だったよ! ずっとマイクの調子が悪くてキーンってなってるし、板書は消すの早いし……私、必死でノートとってた」

「はは、あの教授か。俺も後期に受けようと思ってるから、気をつけるわ」

 不思議だ。
 初対面の人や、他の男の子と話すときは、必要以上に言葉を選んで、愛想笑いをしてしまうのに。
 なぜか瀬川くんの前だと、話したいことが泉のように湧いてくる。

 再会した居酒屋でも、初めは緊張したものの、穏やかに頷きながら時々質問してくれる彼に、いつの間にかすっかり身を任せて、自然と話せていた。

 接点はほとんどなかったとはいえ、中学時代を知っているから安心感があるのかもしれない。
 それとも、これは彼の人柄なのか、包容力なのか。
 あまり背伸びをしなくても、そっと受け止めてくれる気がするのだ。

「それでね。サークルの先輩が言ってたんだけど、その授業の単位落とすと大変らしくて……あ、そういえば」

 夢中で喋っていて、身振りが大きくなっていたのだと思う。
 机の上に置いていた私の手が、広げっぱなしだった筆箱に当たってしまった。

 ――ガシャンッ!

 派手な音が響き渡り、中身が床にぶちまけられた。
 蛍光ペン、修正テープ、定規、シャープペンシルの芯。
 カラフルな文房具が、無惨にもカフェテリアの灰色の床に散乱する。

「あ……っ! ご、ごめんなさい!」

 やってしまった。

 周囲の視線が突き刺さる。
 恥ずかしさで、顔から火が出そうだった。

 慌てて椅子から立ち上がり、しゃがみ込む。

「ごめん、うるさかったよね、私……」

 散らばったものを改めて見ると、ピンクにイエローにブルーと、あまりに色がうるさい。量も多い。

(せめてもうちょっと、大人っぽい色に統一するとか、必要なものだけ持ち歩くとかすればよかった……!)

 ややパニックになりながら、震える手でそれらを拾おうとした、その時。
 スッ、と視界に大きな手が差し込まれた。

「……すげーカラフルだな」

 彼が、長い指でテキパキと文房具を集めながら、そう呟く。
 その言葉に、心臓が縮む思いがした。

「だ、だよね……ごめん、子供っぽくて……」

 消え入りそうな声で返すと、彼は拾ったペンを束ねながら言った。

「いや。なんか、宝箱みたいだなって」

「……え?」

 顔を上げると、瀬川くんの顔もすぐ目の前にあった。
 文房具たちを筆箱に戻してくれながら、目を細めて笑っていた。

 呆れた顔でも、迷惑そうな顔でもない。
 柔らかな、陽だまりのような笑顔。

「はい。この消しゴムで全部?」

 最後のひとつを、大きな手のひらに乗せて渡してくれた仕草は、とても丁寧で。

「……ありが、とう」

 受け取ろうとした指先が、ほんの一瞬、彼の手に触れた。
 体温が、指先から電流のように伝わってくる。

 心臓が、今までとは違う音を立てた。
 そして胸の奥は、キュッと締め付けられるような、ほんの少し鈍い痛みを感じる。

(あ、れ……?)

「どうした? 何か足りない?」

 そっと顔を覗き込まれる。

「う、ううん! なんでもない!」

 慌てて顔を伏せ、筆箱を胸に抱きしめた。

 彼の優しさに触れた瞬間、自分の中に眠っていた「何か」が、パチンと弾けた気がした。

 今まで「高嶺の花」として扱われることに、居心地の悪さを感じていた私にとって。
 こんなふうに、自分の失敗を笑って包んでくれた人がどうしようもなく貴重で、あたたかかった。

(……再会したのが、瀬川くんで、よかった)

 上京してからずっと張りつめがちだった心が、ほぐれていくのを感じた。
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