ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで。~
「3限受けてたの?」
瀬川くんが、読みかけの本を脇に置いてくれる。
「うん。あの博士みたいな先生の、社会学の授業。」
その動作があまりに自然で、私はホッと息をつきながら、瀬川くんの隣に腰かけた。
「もう、大変だったよ! ずっとマイクの調子が悪くてキーンってなってるし、板書は消すの早いし……私、必死でノートとっちゃった」
「はは、あの教授か。俺も後期に受けようと思ってるから、気をつけるわ」
不思議だ。
初対面の人や、他の男子と話すときは、必要以上に言葉を選んで、愛想笑いをしてしまうのに。
瀬川くんの前だと、言葉が泉のように湧いてくる。
あまり話す機会がなかったとはいえ、中学時代を知っている彼だから、私に絶対的な安心感を与えているのかもしれない。
それとも、これは彼の人柄なのか、包容力なのか。
私のダメなところも、子供っぽいところも、笑わずに受け止めてくれる気がするのだ。
「それでね、サークルの先輩が言ってたんだけど、その授業の単位落とすと大変らしくて……あ、そういえば!」
話に夢中になりすぎて、身振りが大きくなっていたのだと思う。
机の上に置いていた私の手が、広げっぱなしだった筆箱に当たってしまった。
ガシャーーーン!
派手な音が響き渡り、中身が床にぶちまけられた。
蛍光ペン、修正テープ、定規、シャープペンシルの芯。
カラフルな文房具が、無惨にもカフェテリアの灰色の床に散乱する。
「あ……っ! ご、ごめんなさい!」
やってしまった。
周囲の視線が突き刺さる。恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
慌てて椅子から立ち上がり、しゃがみ込む。
「ごめん、うるさかったよね、私……」
散らばったものを改めて見ると、ピンクに黄色に水色と、あまりに色がうるさい。量も多い。
せめてもうちょっと、大人っぽい色に統一するとか、必要なものだけ持ち歩くとかすればよかった……!
ややパニックになりながら、震える手でペンを拾おうとした、その時。
スッ、と視界に大きな手が差し込まれた。
「――すげえカラフルだな」
彼が長い指で、テキパキと文房具を集めていく。
その言葉に、私は心臓が縮む思いがした。
「だ、だよね……ごめん、子供っぽくて……」
私が消え入りそうな声で呟くと、彼は拾い上げたペンを束ねながら、ボソッと言った。
「いや、なんか、宝箱みたいだなって」
「……え?」
顔を上げると、すぐ目の前に瀬川くんの顔があった。
彼は、床に散らばった私のペンを丁寧に拾い集めながら、笑っていた。
呆れた顔でも、迷惑そうな顔でもない。
柔らかな、陽だまりのような笑顔。
「はい。あと、そっちの消しゴムで全部?」
彼が拾った文房具を、私の筆箱に戻してくれる。
その大きな手が、私の小さな筆箱にペンを揃えて入れる仕草が、妙に丁寧で。
「……ありが、とう」
受け取ろうとした指先が、ほんの一瞬、彼の手の甲に触れた。
彼の体温が、指先から電流のように伝わってくる。
心臓が、今までとは違う音を立てた。
胸の奥がキュッと締め付けられるような、ほんの少しの鈍い痛み。
(あ、れ……?)
「どうした? 何か足りない?」
「う、ううん! なんでもない!」
私は慌てて顔を伏せ、筆箱を胸に抱きしめた。
彼の優しさに触れた瞬間、自分の中に眠っていた「何か」が、パチンと弾けた気がした。
今まで「高嶺の花」として扱われることに、居心地の悪さを感じていた私にとって。
こんな風に、自分のドジを笑って包んでくれた人がどうしようもなく貴重で、温かかった。
再会したのが、瀬川くんで、よかった。
上京してからずっと緊張していた心が、ほぐれていくのを感じた。
瀬川くんが、読みかけの本を脇に置いてくれる。
「うん。あの博士みたいな先生の、社会学の授業。」
その動作があまりに自然で、私はホッと息をつきながら、瀬川くんの隣に腰かけた。
「もう、大変だったよ! ずっとマイクの調子が悪くてキーンってなってるし、板書は消すの早いし……私、必死でノートとっちゃった」
「はは、あの教授か。俺も後期に受けようと思ってるから、気をつけるわ」
不思議だ。
初対面の人や、他の男子と話すときは、必要以上に言葉を選んで、愛想笑いをしてしまうのに。
瀬川くんの前だと、言葉が泉のように湧いてくる。
あまり話す機会がなかったとはいえ、中学時代を知っている彼だから、私に絶対的な安心感を与えているのかもしれない。
それとも、これは彼の人柄なのか、包容力なのか。
私のダメなところも、子供っぽいところも、笑わずに受け止めてくれる気がするのだ。
「それでね、サークルの先輩が言ってたんだけど、その授業の単位落とすと大変らしくて……あ、そういえば!」
話に夢中になりすぎて、身振りが大きくなっていたのだと思う。
机の上に置いていた私の手が、広げっぱなしだった筆箱に当たってしまった。
ガシャーーーン!
派手な音が響き渡り、中身が床にぶちまけられた。
蛍光ペン、修正テープ、定規、シャープペンシルの芯。
カラフルな文房具が、無惨にもカフェテリアの灰色の床に散乱する。
「あ……っ! ご、ごめんなさい!」
やってしまった。
周囲の視線が突き刺さる。恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
慌てて椅子から立ち上がり、しゃがみ込む。
「ごめん、うるさかったよね、私……」
散らばったものを改めて見ると、ピンクに黄色に水色と、あまりに色がうるさい。量も多い。
せめてもうちょっと、大人っぽい色に統一するとか、必要なものだけ持ち歩くとかすればよかった……!
ややパニックになりながら、震える手でペンを拾おうとした、その時。
スッ、と視界に大きな手が差し込まれた。
「――すげえカラフルだな」
彼が長い指で、テキパキと文房具を集めていく。
その言葉に、私は心臓が縮む思いがした。
「だ、だよね……ごめん、子供っぽくて……」
私が消え入りそうな声で呟くと、彼は拾い上げたペンを束ねながら、ボソッと言った。
「いや、なんか、宝箱みたいだなって」
「……え?」
顔を上げると、すぐ目の前に瀬川くんの顔があった。
彼は、床に散らばった私のペンを丁寧に拾い集めながら、笑っていた。
呆れた顔でも、迷惑そうな顔でもない。
柔らかな、陽だまりのような笑顔。
「はい。あと、そっちの消しゴムで全部?」
彼が拾った文房具を、私の筆箱に戻してくれる。
その大きな手が、私の小さな筆箱にペンを揃えて入れる仕草が、妙に丁寧で。
「……ありが、とう」
受け取ろうとした指先が、ほんの一瞬、彼の手の甲に触れた。
彼の体温が、指先から電流のように伝わってくる。
心臓が、今までとは違う音を立てた。
胸の奥がキュッと締め付けられるような、ほんの少しの鈍い痛み。
(あ、れ……?)
「どうした? 何か足りない?」
「う、ううん! なんでもない!」
私は慌てて顔を伏せ、筆箱を胸に抱きしめた。
彼の優しさに触れた瞬間、自分の中に眠っていた「何か」が、パチンと弾けた気がした。
今まで「高嶺の花」として扱われることに、居心地の悪さを感じていた私にとって。
こんな風に、自分のドジを笑って包んでくれた人がどうしようもなく貴重で、温かかった。
再会したのが、瀬川くんで、よかった。
上京してからずっと緊張していた心が、ほぐれていくのを感じた。