ふたつの弧が、重なるとき ~元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく~【完結】

第6話

 講義棟の裏手にあるサークル棟は、いつ訪れても独特の埃っぽさが漂っている。

 狭い部室のドアを開けると、古びたソファの革の匂いと、誰かが置きっぱなしにしたスナック菓子の香りが鼻をついた。

 窓から差し込む西日が、宙を舞う無数の塵をキラキラと照らし出している。

 ソファには二日酔いで沈没している先輩が一人。
 新調されたばかりの小さなテーブルでは、女子の先輩たちが暇つぶしの会話に花を咲かせている。

 古いパイプ椅子に浅く腰掛けると、ミシッ、と頼りない音がした。
 僕は自販機で買った、すでにぬるくなったコーヒーを啜った。

「でさあ! 実際どうだったんだよ、中学時代のヨッシーは!」

(……おいおい、『ヨッシー』って……)

 向かいの椅子で、正人が身を乗り出している。
 その瞳は、新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いていた。

 正人は天性の人たらしだ。
 すぐに距離を詰めつつも、相手に合わせる絶妙な加減も知っている。

 森さんはサークルの飲み会を何度か重ねても、まだほとんどの奴には人見知りしているようだが、この正人は持ち前のスキルで、あっという間に「あだ名呼び」まで辿り着いていた。

 あの森美絵を、わずか一か月足らずで『ヨッシー』と呼ぶなんて。
 僕に口出しする権利なんてないけれど――正人の対人能力には、もはや呆れを通り越して尊敬してしまう。

「どう、って……言っただろ。高嶺の花だったって」

「いやいや、もっと具体的によ! 告白されたり、彼氏がいたりとかさ」

 その質問に、苦笑して首を振る。

「……俺の知る限り、森さんにアタックできる中学生男子はいなかったわ」

「マジ? 誰も?」

「ああ。告白する勇気のある奴なんていなかったんじゃないかな。みんな遠くから見てるだけ。森さん、オーラがありすぎて……同い年と思えなかったし」

 廊下で友達と笑っている姿、グラウンドで軽やかに宙を舞う姿。
 校内で見かける彼女は、いつも光の中にいた。

 男子生徒たちは教室の隅で、「森さんが笑った」「髪を切った」と噂話をするのが精一杯だった。
 もしかしたら、玉砕覚悟で挑んだ猛者がいたかもしれないが、その武勇伝が耳に届くことはなかった。

「ふーん。じゃあ、彼氏は?」

「いなかったと思うよ……学校には」

 嘘は言っていない。
「学校には」いなかった。
 けれど、その言葉を口にした瞬間、喉の奥に小さな棘が刺さったような痛みが走る。
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