ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。

 祥ちゃんが身体をこちらに向け、まっすぐに見つめる。

「本当に、何もないよ……。それでも、美絵をいつも不安にさせるのって……俺に何か足りないところがあるから?」

 いつも陽だまりのように穏やかな顔が、今は悲しそうに歪んで見えた。

「…………っ!」

(違う。違うの)

 必死に首を振って否定した。

 原因は、祥ちゃんじゃない。
 自分に自信がない、私の弱さ。

 でも、本当のことを伝えたら……?

 志乃さんのような、意志と目標をしっかり持った子と自分を比べて、勝手に惨めになっているなんて知られたら。
 一生懸命、自立しようとしている祥ちゃんに、この重たすぎる依存心を悟られてしまったら。

「…………っ……」

 呆れられて、幻滅されるのが怖くて、本当の気持ちが喉の奥でつっかえて出てこない。
 黙り込んでひたすら首を振るだけの私を見て、祥ちゃんはギュッと眉を寄せた。

「じゃあ……なんでそんな、苦しそうなの……」

 その悲痛な響きに胸を締め付けられ、すがるように絞り出した。

「……私以外の……女の子の名前。あんな、優しい声で呼ばないでほしい……」

 声が震え、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。

 違う。
 伝えたいことは、こんな単なるやきもちじゃない。
 もっと根本的な、自分の弱さの問題なのに。

 本心とズレたことしか言えないもどかしさと、不甲斐なさとで、さらに涙が溢れて止まらなくなる。

 祥ちゃんは、目を伏せた。

「だから、何もないって言ってるじゃん……」

 そして、ややトーンを落とした、抑えきれない感情が漏れ出てしまったような声で、続けた。


「……じゃあ、柳くんの前で泣いた、自分は?」


 その一言に――ハッとした。

『俺も妬くことあるよ』
『柳くんだって、なんかお洒落でカッコいいし』

 以前、彼が少し照れながら明かしてくれた言葉が、冷水のように頭から浴びせられた気がした。

 祥ちゃんの言う通りだ。
 祥ちゃんの、ただのクラスメイトへの接し方にこんなにも文句を言う私は、他の男の人の前で、お酒を飲んで、涙を流した。
 私のほうが、よっぽど最低じゃないか。

 一気に血の気が引き、頭の中が真っ白になる。

 何も言えなくなった私を見て、祥ちゃんは我に返ったように唇を噛んだ。

「……ごめん」

 祥ちゃんは何も悪くないのに。
 謝らせたいわけじゃないのに。
 私を傷つけたと、胸を痛めている姿を見るのが、たまらなく苦しい。

(ダメだ……今はまともに話せない)

 自分の考えをきちんと整理して、どんなふうに伝えたらいいか、考え直したい。

「美絵、何か言って……」

 耐えきれなくなったように、私に向かって手を伸ばしてきた。

 優しい人差し指が、涙に濡れた頬に届く直前。
 パニックになったまま、とにかくこの場から一度離れなければと思い、振り絞るように声を出した。


「……少し、考えさせて」


 その瞬間。

 伸ばされていた手はピタリと止まり、瞳の色は、みるみるうちに深い哀しみと絶望に染まっていくのがわかった。

(…………あ……)

 私、言葉を選び間違えた。

 ――『考えさせて』

 それは、別れや距離を置くことを突きつける、残酷で冷たい拒絶のように聞こえてしまうのだと、彼の表情を見て気がついたのだった。
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