ふたつの弧が、重なるとき ~元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく~【完結】

第76話

 美絵のいない、無機質で長い一日が繰り返されていた。

 大学の講義が終わったあと、バイトも入っていない夕方。
 今日も薄暗い部屋で一人、ただぼーっとソファの上に寝転んでいた。

 ふと、ローテーブルに置いていたスマホが震える。
 身体を起こし、ゆっくり画面に視線を移すと、浮かび上がった二文字が目に入った。


 ――『美絵』


「…………っ」

 その瞬間、ハッと現実に引き戻され、心臓が大きく音を立てる。

 彼女の声……今すぐに聞きたい。
 けれど、電話に出るのが怖い。
 僕は、だいぶ女々しい臆病者になってしまったようだ。

 彼女の口から決定的な言葉を聞かされるのが恐ろしくて、伸ばした手に力が入らない。
 それでも、鳴り続ける着信音に急かされるように、そっとスマホを持ち上げ、通話ボタンを押した。

「……はい」

 努めて穏やかに、動揺を悟られないように応える。

『……祥ちゃん』

 電話の向こうから、久しぶりに聞く彼女の声。
 それは、微かに震えていた。

「……うん?」

 短く返すと、息を呑む気配がした。

『……会いたい……話したい』

 そっとこぼれた言葉は、涙の気配を帯びていた。

 僕と同じように、会えない寂しさを募らせてくれているのだろうか。
 それとも――僕にとって辛い決断を伝えるのが心苦しくて、泣いているのだろうか。
 どちらかわからなかったけれど了承し、明後日に会う約束をして電話を切った。


 通話が切れた後も、しばらくスマホを握りしめていた。

(……久しぶりに声が聞けて、嬉しかった)

 やっぱり僕は、美絵のことが、震えるほどに愛おしい。

 明後日会えたら、彼女の陽だまりみたいな柔らかい笑顔が見たい。
 もし叶うなら、この腕で強く抱きしめたい。

 これまで僕に向けてくれた色とりどりの表情が、次々と頭に浮かぶ。

 でも、もし彼女の気持ちがもう以前とは違っていたら。
 あの特別な笑顔が、もう僕に向けられないとしたら――。

 期待と不安で、心がぐちゃぐちゃになった。

 その夜は、ほとんど眠れなかった。
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