ふたつの弧が、重なるとき ~元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく~【完結】
◇
コンコースに出ると、グラウンドの爆発するような歓声はコンクリートの壁に遮られ、ゴーッという低い地鳴りのような音に変わった。
油とアルコールの匂いが、鼻をつく。
人混みをかき分けるようにして進むと、女子トイレの方から戻ってくる彼女がいた。
人波に酔ったのか、その顔色は少し青白い。
案の定、近くにいる酒気を帯びた男たちが、ジロジロと彼女を値踏みするように見ている。
「……森さん」
声をかけると、彼女は驚いて顔を上げ、僕に気づいた。
「あっ……瀬川くん」
その瞬間、大きな瞳に、ふわりと安堵の色が灯る。
人混みから守るように立つと、彼女は少し口角を上げて、僕を見た。
その笑顔で、ざわついていた心が凪いでいくのがわかる。
「瀬川くんもトイレ?」
「あ……いや、飲み物買おうかなと思って」
『森さんがナンパされないか心配で追いかけてきた』とは言えなくて、咄嗟に適当な嘘をつく。
「今日、すごく暑いもんね」
周りはこんなに騒がしいのに、その声だけが、鮮明に耳に届く。
並んで歩き出すと、まるで不思議な静寂に包まれたようだった。
「……野球観戦、楽しめてる?」
気になっていたことを思い出し、尋ねてみる。
「うん! 球場で見るの久しぶりで、楽しいよ」
(よかった。じゃあ、沈んでいるように見えたのは勘違いだったのか)
なにやら興奮しながら騒ぎ立てている、小学校高学年くらいの男子たちとすれ違った。
その姿を目で追いながら、彼女が切り出す。
「……瀬川くん、コーチのバイトって、週末にやってるんだよね?」
彼らをチラリと見て、「え? ああ、そうだよ」と答えた。
「あのくらいの子たち?」
「あー、そうだな。ちょうど同じくらい」
「みんな可愛い?」
「うん、可愛いよ。ちょっと生意気だけど。一緒にランニングすると、『もうおじさんなのに体力あるんだね』とか言われる」
彼女はクスクスと肩を揺らした。
「私たちって、小学生から見たら、もうおじさんおばさんなんだ」
その笑顔を前に、僕の口元もだらしなく緩んでしまっていたらしい。
売店の窓ガラスに一瞬映った自分の顔に、あまりにも『彼女が可愛い』と書いてあるようで、焦って表情を引き締めた。
森さんは、足元の床を見つめながら「……見てみたいな」と呟いた。
「何を?」
「……瀬川くんが教えてる野球チーム」
驚いた。
(……彼女が? 見に来る?)
泥だらけで汗臭い、やんちゃ盛りの少年たちが野球をしているグラウンドに、美しい彼女が立つ姿。
脳内がその光景を処理できず、若干混乱しながら聞き返す。
「え……見に?」
「あ、ごめん! 普通に無理だよね!?」
僕が驚いて言葉に詰まったのを、拒絶だと受け取ったのだろうか。
彼女は目を泳がせながら、慌てて両手を振った。
「いや……あ」
「おーい、祥太郎! あ、森さんも! 何してんのー?」
口を開きかけたところで、ちょうどどこかから戻ってきた同期と鉢合わせた。
「戻ろうぜー! 攻撃始まるよ!」
言葉を遮られたまま、彼女は「……じゃあ、またね!」とだけ言い残し、足早に元の席へ戻ってしまった。
コンコースに出ると、グラウンドの爆発するような歓声はコンクリートの壁に遮られ、ゴーッという低い地鳴りのような音に変わった。
油とアルコールの匂いが、鼻をつく。
人混みをかき分けるようにして進むと、女子トイレの方から戻ってくる彼女がいた。
人波に酔ったのか、その顔色は少し青白い。
案の定、近くにいる酒気を帯びた男たちが、ジロジロと彼女を値踏みするように見ている。
「……森さん」
声をかけると、彼女は驚いて顔を上げ、僕に気づいた。
「あっ……瀬川くん」
その瞬間、大きな瞳に、ふわりと安堵の色が灯る。
人混みから守るように立つと、彼女は少し口角を上げて、僕を見た。
その笑顔で、ざわついていた心が凪いでいくのがわかる。
「瀬川くんもトイレ?」
「あ……いや、飲み物買おうかなと思って」
『森さんがナンパされないか心配で追いかけてきた』とは言えなくて、咄嗟に適当な嘘をつく。
「今日、すごく暑いもんね」
周りはこんなに騒がしいのに、その声だけが、鮮明に耳に届く。
並んで歩き出すと、まるで不思議な静寂に包まれたようだった。
「……野球観戦、楽しめてる?」
気になっていたことを思い出し、尋ねてみる。
「うん! 球場で見るの久しぶりで、楽しいよ」
(よかった。じゃあ、沈んでいるように見えたのは勘違いだったのか)
なにやら興奮しながら騒ぎ立てている、小学校高学年くらいの男子たちとすれ違った。
その姿を目で追いながら、彼女が切り出す。
「……瀬川くん、コーチのバイトって、週末にやってるんだよね?」
彼らをチラリと見て、「え? ああ、そうだよ」と答えた。
「あのくらいの子たち?」
「あー、そうだな。ちょうど同じくらい」
「みんな可愛い?」
「うん、可愛いよ。ちょっと生意気だけど。一緒にランニングすると、『もうおじさんなのに体力あるんだね』とか言われる」
彼女はクスクスと肩を揺らした。
「私たちって、小学生から見たら、もうおじさんおばさんなんだ」
その笑顔を前に、僕の口元もだらしなく緩んでしまっていたらしい。
売店の窓ガラスに一瞬映った自分の顔に、あまりにも『彼女が可愛い』と書いてあるようで、焦って表情を引き締めた。
森さんは、足元の床を見つめながら「……見てみたいな」と呟いた。
「何を?」
「……瀬川くんが教えてる野球チーム」
驚いた。
(……彼女が? 見に来る?)
泥だらけで汗臭い、やんちゃ盛りの少年たちが野球をしているグラウンドに、美しい彼女が立つ姿。
脳内がその光景を処理できず、若干混乱しながら聞き返す。
「え……見に?」
「あ、ごめん! 普通に無理だよね!?」
僕が驚いて言葉に詰まったのを、拒絶だと受け取ったのだろうか。
彼女は目を泳がせながら、慌てて両手を振った。
「いや……あ」
「おーい、祥太郎! あ、森さんも! 何してんのー?」
口を開きかけたところで、ちょうどどこかから戻ってきた同期と鉢合わせた。
「戻ろうぜー! 攻撃始まるよ!」
言葉を遮られたまま、彼女は「……じゃあ、またね!」とだけ言い残し、足早に元の席へ戻ってしまった。