ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで。~
コンコースに出ると、グラウンドの爆発するような歓声はコンクリートの壁に遮られ、代わりに「ゴーッ」という低い地鳴りのような音に変わった。
油の匂いと、紫煙の匂いが強く鼻をつく。
人混みをかき分けるようにして進むと、ちょうど女子トイレの方から歩いてくる彼女が見えた。
人波に酔ったのか?
少し顔色が白い。
近くを通りかかった赤ら顔の男たちが、予想通りジロジロと彼女を見ている。
「……森さん」
声をかけると、彼女は驚いて顔を上げ、僕に気づいた。
僕の顔を見た瞬間、その大きな瞳に、ふわりと安堵の色が灯る。
「あっ……瀬川くん」
人混みから守るように、彼女と通路の間に立つ。
彼女は小さく笑って、僕を見上げた。
その笑顔を見ると、ざわついていた心が凪いでいくのがわかる。
「瀬川くんもトイレ?」
「あ……いや、飲み物買おうかなと思って」
森さんがナンパされないか心配で追いかけてきた、とは言えなくて、咄嗟に適当な嘘をつく。
「今日、すごく暑いもんね」
二人の間に、不思議な静寂が流れる。
周りはこんなに騒がしいのに、彼女の声だけが、鮮明に耳に届く。
「野球観戦、楽しめてる?」
さっき遠くから見えた美絵の曇り顔を思い出し、尋ねてみる。
「うん! 球場で見るのは久しぶりで楽しいよ」
よかった。じゃあ、さっきの浮かない顔は勘違いだったか……?
その時、小学校高学年くらいの男の子たちが五人くらい、ワイワイと騒ぎながら僕たちの横を通りすぎていった。
その背中を目で追いながら、彼女が切り出した。
「……瀬川くん、コーチのバイトって、週末にやってるんだよね?」
「え? ああ、そうだよ」
「あのくらいの子たち?」
「あー、そうだな。ちょうど同じくらい」
「みんな可愛い?」
「うん、可愛いよ。ちょっと生意気だけど。一緒にランニングすると、『もうおじさんなのに体力あるんだね』とか言われる」
美絵がクスクスと笑う。
「私たちって、小学生から見たら、もうおじさんおばさんなんだ」
笑う美絵を見て、僕の口元もフニャッと緩んでしまっていたらしい。ふとガラスに映った自分が、完全に美絵を「可愛い」と思っている顔をしていて、焦って少し口元を引き締めた。
「……見てみたいな。」
美絵が少し先の床を見つめながら小さく呟く。
「何を?」
「……瀬川くんが教えてる野球チーム」
驚いた。
彼女が? 見に来る?
泥だらけで、汗臭い、やんちゃ盛りの少年たちが野球をしているグラウンドに、彼女が立っている姿。
脳内がその光景を処理できず、若干混乱しながら聞き返す。
「え……見に?」
「あ、ごめん! 無理だったらいいんだけど!」
僕が驚いて言葉に詰まったのを、拒絶だと受け取ったのだろうか。
彼女は顔を赤くしながら、慌てて両手を振った。
「いや……あ」
「おーい! 祥太郎! 森さんも! 何してんのー!」
言いかけた言葉が、売店かトイレから戻ってきたサークルの男子連中の大きな声に遮られてしまった。
「戻ろうぜー! 攻撃始まるよ!」
「じゃあ……またね!」
会話の腰を折られたまま、美絵は足早に先に席に戻ってしまった。
油の匂いと、紫煙の匂いが強く鼻をつく。
人混みをかき分けるようにして進むと、ちょうど女子トイレの方から歩いてくる彼女が見えた。
人波に酔ったのか?
少し顔色が白い。
近くを通りかかった赤ら顔の男たちが、予想通りジロジロと彼女を見ている。
「……森さん」
声をかけると、彼女は驚いて顔を上げ、僕に気づいた。
僕の顔を見た瞬間、その大きな瞳に、ふわりと安堵の色が灯る。
「あっ……瀬川くん」
人混みから守るように、彼女と通路の間に立つ。
彼女は小さく笑って、僕を見上げた。
その笑顔を見ると、ざわついていた心が凪いでいくのがわかる。
「瀬川くんもトイレ?」
「あ……いや、飲み物買おうかなと思って」
森さんがナンパされないか心配で追いかけてきた、とは言えなくて、咄嗟に適当な嘘をつく。
「今日、すごく暑いもんね」
二人の間に、不思議な静寂が流れる。
周りはこんなに騒がしいのに、彼女の声だけが、鮮明に耳に届く。
「野球観戦、楽しめてる?」
さっき遠くから見えた美絵の曇り顔を思い出し、尋ねてみる。
「うん! 球場で見るのは久しぶりで楽しいよ」
よかった。じゃあ、さっきの浮かない顔は勘違いだったか……?
その時、小学校高学年くらいの男の子たちが五人くらい、ワイワイと騒ぎながら僕たちの横を通りすぎていった。
その背中を目で追いながら、彼女が切り出した。
「……瀬川くん、コーチのバイトって、週末にやってるんだよね?」
「え? ああ、そうだよ」
「あのくらいの子たち?」
「あー、そうだな。ちょうど同じくらい」
「みんな可愛い?」
「うん、可愛いよ。ちょっと生意気だけど。一緒にランニングすると、『もうおじさんなのに体力あるんだね』とか言われる」
美絵がクスクスと笑う。
「私たちって、小学生から見たら、もうおじさんおばさんなんだ」
笑う美絵を見て、僕の口元もフニャッと緩んでしまっていたらしい。ふとガラスに映った自分が、完全に美絵を「可愛い」と思っている顔をしていて、焦って少し口元を引き締めた。
「……見てみたいな。」
美絵が少し先の床を見つめながら小さく呟く。
「何を?」
「……瀬川くんが教えてる野球チーム」
驚いた。
彼女が? 見に来る?
泥だらけで、汗臭い、やんちゃ盛りの少年たちが野球をしているグラウンドに、彼女が立っている姿。
脳内がその光景を処理できず、若干混乱しながら聞き返す。
「え……見に?」
「あ、ごめん! 無理だったらいいんだけど!」
僕が驚いて言葉に詰まったのを、拒絶だと受け取ったのだろうか。
彼女は顔を赤くしながら、慌てて両手を振った。
「いや……あ」
「おーい! 祥太郎! 森さんも! 何してんのー!」
言いかけた言葉が、売店かトイレから戻ってきたサークルの男子連中の大きな声に遮られてしまった。
「戻ろうぜー! 攻撃始まるよ!」
「じゃあ……またね!」
会話の腰を折られたまま、美絵は足早に先に席に戻ってしまった。