ふたつの弧が、重なるとき ~元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく~【完結】

第9話

 席に戻ると、球場は七回の攻撃を前に、ジェット風船を飛ばす準備でさらに熱を帯びていた。
 けれどそれとは反対に、私の心は急速に冷えていく。

「美絵、おかえりい〜」

 ぼんやりと聞こえる、いずみの出迎える声。

 やってしまった。
『見に行きたい』なんて、さすがに図々しかった。
 いくら中学の同級生だからって、距離感を間違えたよね?

 よく考えたら、教えている瀬川くんも、練習しているみんなも、全員真剣だ。
 それをただ見学するなんて、邪魔だよね。

(調子に乗っちゃった……。瀬川くん、困ってた)

 ちょっと優しくされたからって、勘違いして。
 恥ずかしさと情けなさで、目の前の試合展開なんて頭に入ってこない。

 ――ブブッ。

 手のひらの中で、スマホが短く震えた。
 画面を見ると、メッセージの通知が表示されている。

 差出人は――『瀬川くん』。

 心臓が口から飛び出そうになった。
 震える指でロックを解除する。


『さっきはごめん。言いそびれたけど』

『見てもらえたら、俺も嬉しい。いつでもいいよ』


 短いメッセージ。
 けれど、その文字を見た瞬間、じわっと体温が上昇する。

『嬉しい』『いいよ』
 その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

 よかった。
 なんか今、飛び跳ねたい。

 どんよりと胸に立ち込めていたモヤモヤが、一瞬で桃色の花びらになって弾け飛んだようだった。
 口元が緩むのを止められない。
 スマホをギュッと握りしめて顔を上げると、遠くの席に座る瀬川くんの後ろ姿が目に映った。

 隣のいずみが、「……あれ?」と不思議そうに覗き込んできた。

「なんかいいことあった?」

「えっ!? な、なんで?」

「だってさっきまで、ちょっと沈んでたのに。今はなんか……顔、パアァァッてなってるよ? ご機嫌じゃん」

 そう指摘して、ニヤニヤしながら私の頬をつつく。

「そ、そんなことないよ! 試合、勝ってるからかな!」

「ふーん? 怪しいなあ」

 私は慌ててメガホンを持ち直し、熱くなっている顔を隠した。

 空には、無数の風船が鮮やかに舞い上がっていく。
 その光景が、涙が出そうになるほど綺麗に見えた。

 この感情の名前は、まだわからない。
 ただ、彼の言葉ひとつで、目に映る世界がこんなにも鮮やかに変わることを、この夜に知ったのだった。


(そういえば……瀬川くん。コンコースで会ったとき、結局飲み物を買っていなかったよね?)

 そのことに気づいたのは、家に帰って一息ついた後のことだった。
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