ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで~
六月の東京は、水槽の中にいるみたいだ。
福島にいた頃の梅雨は、もっとこう、しとしとと静かに降るイメージだったけれど、コンクリートに囲まれたこの街の雨は、逃げ場のない湿気を孕んで肌にまとわりつく。
ビニール傘を叩く雨音が、ザーザーと耳障りなノイズを奏でていた。
キャンパスの銀杏並木も、今は濡れて重たい緑色をしていて、私の気分を少しだけ憂鬱にさせる。
「はあ……」
講義棟の軒下で、私は傘を畳みながらため息をついた。
湿気を含んだ風が、私の髪を撫でる。
今朝、時間をかけてブローした髪も、もううねり始めている気がして、指先で毛先を掴んで眺めた。
視線は無意識に、人の波の中を探している。
背が高くて、肩が広い、あの優しい背中を。
「……いないなあ」
瀬川くんを見かけなくなって、もう三週間が経つ。
同じサークルだし、キャンパスも同じなのに、神様が意地悪をしているのか、タイミングが合わない。
メッセージを送ろうか迷ったけれど、用事がないのに「元気?」と送っていい関係なのかはまだ自信がないし、既読がつかなかったらどうしよう、なんて考えているうちに、スマホの画面は何度も暗転した。

「おーい、ヨッシー!」
湿った空気を切り裂くような明るい声。
自動販売機の前のベンチから、正人くんが手を振っていた。
その隣にはなんと、いずみもいる。
「正人くん、いずみ。お疲れー」
「お疲れー。今日もジメジメしてんなー。ここでボーッと休憩してたら、偶然いずみんに会ってさー」
正人くんは炭酸ジュースのペットボトルを額に当てて涼をとっている。
ベンチの脇に咲く紫陽花だけが、この鬱陶しい天気の中で鮮やかに咲いている。
「そういやヨッシー、最近祥太郎と会った?」
不意に投げかけられた名前に、心臓がトクンと跳ねた。
「ううん、見かけてないよ。もう、……しばらくの間」
『もう、三週間くらい』と言いかけてやめた。
彼に会えない日を指折り数えていることがバレたら、恥ずかしい。
瀬川くんは、サークルの集まりもこのところ顔を出していないし、広いキャンパスですれ違うこともない。
元気かな、風邪とかひいていないかな。
そんなことばかり考えていたのを正人くんに見透かされたようで、少しドキッとする。
「あいつさ、今バイト漬けなんだってよ」
「えっ、バイト?」
「おう。あいつ、バイト掛け持ちしてるじゃん?ファミレスのキッチンの方、人手が足りないんだってさ」
それに、と正人くんは続ける。
「三兄弟の真ん中でさ、下の弟もこれから金かかるから、あんま仕送りに頼りたくないんだと」
いずみも驚く。
「大人だなぁ……。洋服代と推し活のためだけにバイトしてる自分を、少し省みちゃった」

そんな事情があったなんて。
胸の奥がキュッと締め付けられた。
私は一人っ子で、『アルバイトは、まず大学生活に慣れてからだね』と言って、充分な仕送りをしてくれている両親の好意に、甘えてしまっている。
のん気に「会いたいな」なんて考えていた自分が、急に恥ずかしくなった。
「でさ! 今からヨッシーといずみんと俺の3人で、祥太郎のバイト先、行かね? 驚かそうぜ!」
身振り手振りで提案する正人くんに驚く。
「えっ、迷惑じゃないかな……?」
「平気平気! ランチタイム過ぎてるし、客として行けば売り上げ貢献だろ?」
正人くんが悪戯っぽく歯を見せる。
迷惑かもしれない。でも、会いたい。
その二つの気持ちが天秤にかかる間もなく、私は「……うん、行く」と小さく頷いていた。
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