ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。

第14話

 世界が熱で揺らいでいる。
 真夏の暑さではなく、自分が発している熱さであることはわかっていた。

 右腕を支えてくれている手のひらの感触だけが、現実の輪郭を保たせていた。

「ごめん……重いから。一人で歩くから」

「ダメ! とりあえず、あそこのソファまで行こう?」

 森さんの声が、熱に浮かされた頭に優しく響く。

 ラウンジの隅にあるソファに僕を座らせた彼女は、「待ってて」と言い残し、走り去った。

 情けない。
 よりによって彼女の前で、こんな無様な姿を晒すなんて。

 額に滲む汗を拭う気力もなく、天井の模様をぼんやりと見つめていた。

 ◇

 数分後、戻ってきた彼女の手には売店の袋が握られていた。

 水、スポーツドリンク、冷却シートをテキパキと取り出す。

「はい、これ。とりあえず、首の後ろ冷やして! 瀬川くん、めちゃくちゃ熱いから……」

 彼女は僕の隣に座ると、躊躇うことなく冷却シートのフィルムを剥がした。

「……あ……自分でやるよ」

「いいから。じっとしてて」

 そのトーンには、いつもとは少し違う不思議な強さがあった。
 観念して、少し頭を下げる。
 彼女の柔らかい髪が、さらりと僕の頬を掠めた。
 ひんやりとしたシートが首筋に貼られる。
 その冷たさと、彼女の指先が触れた熱さが同時に走り、背筋が震えた。

「……ありがとう」

「お水とスポーツドリンクもあるよ。飲める?」

 キャップを開けて渡してくれたペットボトルの水を、貪るように飲む。
 乾いた砂漠に雨が染み込むように、水分が身体に行き渡った。

 口を離して息を吐くと、森さんが心配そうに顔を覗き込んできた。
 その瞳には、ただただ純粋な、僕を案じる色だけが滲んでいた。

「……無理、しないで」

 ぽつりと、彼女が言った。

「頑張ってる瀬川くんを、いつもすごいなあって思ってるけど……身体は壊さないでね」

 声が、少しだけ切なげになる。
 その響きは、言葉にこそしなかったが、中学時代の僕が、一心にボールを投げ続け肩を壊したことと重ねているように聞こえた。

「……適度な休憩って、いまだに苦手なんだよね。もっと器用になれたらいいんだけど」

「うん……」

 彼女は視線を膝元に落とし、スカートの布地をぎゅっと握りしめた。

「もし、何か困ったことがあれば」

 言葉を探しながら話しているのか、ゆっくり、少しずつ、紡いでいる。

「他の友達でも、……私でも。誰でもいいから。頼ってね」

 少し間を空けて、彼女はまた僕を見た。
 今度は、まっすぐに。

「私は、頼ってほしいな、って思うの。……友達、なんだし」

 ――『友達』。

 その単語が、熱のある身体に深く、重く染み込んだ。

 恋人ではない。けれど、ただの同級生でもない。
 彼女が引いてくれたその境界線は、切なくもあるけれど、今の僕には心地よい位置だった。

「……うん。ありがとう、森さん」

 素直に頷くと、彼女はようやく安心したように、ふわりと笑った。
 それが中学時代にグラウンドで見かけた、あの太陽のような笑顔とリンクした。

 熱のせいだろうか。
 胸の奥が締め付けられるように痛いのは。
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