ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。
 ◇

 お目当てのものを一通りゲットできた私たちは、モールの二階にあるカフェに入った。
 歩き疲れた足が、柔らかいソファの座り心地に癒される。

 テーブルの上には、水滴のついたアイスカフェラテと、季節限定の桃タルトのセット。
 周囲は、私たちと同じようにテスト明けを楽しむ学生や、涼みに来た家族連れで賑わっている。

「……で、どうだったの? 看病のあと」

 いずみがフォークでタルトを突きながら、核心をついてきた。
 私はストローを口から離し、あの夜のことを話し出す。

 図書館で倒れかけた彼を助けたこと。
 その夜、心配でメッセージをしたこと。
 彼が『お風呂入っていい?』なんて聞いてきたこと。
 そして、『サンキュ』という言葉に、舞い上がってしまったこと。

 いずみは頬杖をつきながら、じっと私の様子を観察していた。
 丸い瞳が、キラキラと輝いている。

 すべてを話し終えると、なんだか気恥ずかしくなって、誤魔化すようにタルトへ手を伸ばした。
 いずみは「美絵さあ〜」と呆れたように、けれど微笑ましそうに言った。

「もう好きどころか、大好きじゃん!」

 カチャンッ。
 私がフォークを落としそうになる音が響く。

「だ、大好きって……」

「美絵、鏡で自分の顔見てみなよ。話してる間、ずっとフニャってたよ」

「うそ……」

 慌てて両手で頬を覆う。
 モールの中は十分涼しいはずなのに、熱い。

「でも、わかんないんだよ……」

 私は俯いて、カフェラテの氷をストローでカランと回した。

「これが、恋愛として大好きなのか、人として大好きなのか。……中学の頃から、勝手に自分のヒーローみたいに思ってて。尊敬してて、信頼してて……。だから、このドキドキも、憧れの延長線上にあるものなのかもしれなくて」

 言葉にすればするほど、迷宮に入り込んでいく気がする。
 恋愛小説に出てくるような、雷に打たれたような衝撃もなければ、すべてを投げ出したくなるような情熱とも違う気がする。

 彼がそばにいると、安心する。
 彼の言葉一つで、世界の色が変わる。
 でもこれは、友情や尊敬とどう違うのだろう。

 いずみは、私の混乱を受け止めるように、ゆっくりとコーヒーを一口飲んだ。
 そして、優しく微笑む。

「あのね、美絵。恋愛の大好きか、人としての大好きか……よくよく考えてみたら、その境界ってすごく曖昧かもしれない」

「曖昧……?」

「うん。人として尊敬できない人を、恋愛として好きになれる? 友達として楽しくない人と、恋人になって楽しいかな?」

 いずみの言葉が、スッと耳に入ってくる。

「どっちか一つに決めなきゃいけないわけじゃないし、正解なんて誰も知らないよ!」

 彼女は窓の外、真夏の強い日差しを眩しそうに見つめた。

「美絵が、『これは恋がいい』って思ったら、それはもう恋でいいと思う。答えはないし、自分で決めてみたら?」

「『恋が、いい』かあ……」

 その言葉を反芻してみる。

 もし、この胸の痛みが「恋」だとしたら。
 この切なさも、不安も、嬉しさも、すべて「彼に恋をしている」からだとしたら。
 不思議と、怖くはなかった。
 むしろ、霧が晴れていくように、視界がクリアになる感覚があった。

「……そっか」

 私が顔を上げると、いずみは「そうだよ」と力強く頷いてくれた。

「合宿、ほんと楽しみ! 新しい水着も買ったし、ね?」

 いずみの悪戯っぽい笑顔に、私は今度は逃げずに、小さく頷き返した。

「うん……頑張ってみる」

(…………頑張ってみる? 何を?)

 自分で言っておいて、何を『頑張る』のかは、まだよくわからない。
 けれどこの夏が、今までとは違う夏になることだけは、わかっていた。

 ミントグリーンの水着が入った紙袋をぎゅっと握りしめる。
 冷房の効いたショッピングモールの中で、指先が熱く脈打っていた。
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