ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。

第17話

 部屋の隅で唸りをあげる扇風機が、生ぬるい風をかき回している。

 開け放した窓からは、アスファルトに残った昼間の熱と、夜になったことに気づかず鳴き続けるアブラゼミの声が流れ込んでいた。

 僕はソファベッドの上に広げたボストンバッグに、適当な着替えを放り込んだ。

 明日の朝から、サークルの夏合宿へ出発する。
 二泊三日、千葉の海。
 大学生らしいイベントに胸が躍らないと言えば嘘になるが、同時にある種の緊張感もおぼえていた。

 ――ブブッ。

 バッグの隣に置いていたスマートフォンが、短い振動音を立てた。

 画面に表示された『森さん』の文字に、反射的に背筋が伸びる。

『準備できた? 私、忘れ物ないか心配で、何回も確認しちゃう』

 女の子らしいスタンプとともに送られてきたメッセージ。
 また自然と口元が緩むのを自覚しながら、返信を打つ。

『俺も今やってる。男なんてTシャツとズボンあればなんとかなるし』

 送信ボタンを押すと、すぐに既読がついた。

『そっかー。あ、そういえば』

 次の吹き出しがポン、と現れる。

『瀬川くん、水着買った?』

「……ゴホッ!」

 思わず、変な咳が出た。

(み、水着……?)

 たった二文字が持つ破壊力に、脳の処理速度が追いつかない。

 その単語から連想される映像――眩しい太陽の下、白い砂浜、波打ち際、そして水着姿の彼女――が意志とは裏腹に頭に浮かびそうになり、慌てて首を振ってかき消した。

 中学時代に彼女が着ていた陸上部のユニフォームも、ノースリーブに短い丈のパンツというスタイルだった。
 でも、あれはあくまで競技用で、スポーティーなもの。
 海で、水着で――となると、話が違う。

 いや、待て。落ち着け。
 向こうは何気ない世間話として聞いているだけだ。意識しすぎだ。

 一度深呼吸をして、手のひらの汗をズボンで拭ってから、努めて冷静な文面を作った。

『高校のときの海パンがあったから、それ使うよ。森さんは?』

 送ってから、激しく後悔する。

(『森さんは?』じゃないだろ……何を聞き出そうとしているんだよ)

『私は新しく買ったよ! いずみと選んだんだけど、ちょっと派手だったかなって心配で……』

 カァーッ、と体温が一気に上昇する音が聞こえた。

(派手? どんな? ビキニ、とか……? いや、柄が派手ってことか?)

 想像力の暴走を止めるのに必死で、扇風機の風量を「強」に切り替える。

『似合うと思うよ。森さんならなんでも』

 当たり障りのない、けれど精一杯の返信を送るのが限界だった。

 明日の海。
 僕は正気でいられるだろうか――。

 ボストンバッグのファスナーを閉める音が、静かな部屋でやけに大きく響き渡った。
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