ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで~
翌朝。
普段より一時間遅く目が覚めた。
昨日は東京からの長距離移動に加え、真夏の太陽が照りつける海で体力を使い果たしていた。
日焼け止めも塗り、ラッシュガードも着ていたが、ラッシュガードに守られていなかった頬、手の甲や足が、少しだけ赤くなってヒリヒリしている。
同室のいずみや他の子たちとのお喋りもそこそこに、吸い込まれるように早めに就寝したはずなのに、瞼の裏にはまだ重い眠気が居座っている。

民宿の薄いカーテンを透かして、容赦のない夏の日差しが畳の目を白く焼き付けていた。
窓を押し開けると、ワンワン響くセミの大合唱と、昨日よりもさらに重く湿った熱気が、暴力的なまでの勢いで部屋になだれ込んでくる。
大きなあくびをしたら、それらが体の中に染み込んでいく感じがした。
民宿の薄いカーテンを透かして、容赦のない夏の日差しが畳に焼き付いていた。
窓を開けると、セミの大合唱と、昨日よりも重く湿った熱気が部屋になだれ込んでくる。

今日は合宿二日目。
朝食の席で、幹事の先輩から「海で泳ぎたい派」と「体育館でスポーツしたい派」に分かれて行動することが発表された。
私は、体育館でのスポーツを選んだ。
昨日の海遊びも楽しかったけど、せっかくスポーツ観戦サークルに入ったのだから、みんなとスポーツを楽しんでみたかったからだ。

朝食を食べ終えて、家から持ってきたレモンイエローのTシャツと、ネイビーのジャージという軽装に着替える。
「おまたせ!」
「美絵!行こー!」
いずみは「海で泳ぎたい派」に行ったため、他の同期の女の子たちと3人で向かう。
日傘を差して、陽炎の立つ民家沿いの細い道を歩き続けること二十分。
借りている町民体育館の重たい鉄の扉を押し開けると、有り難いことに冷房がついており、ひんやりとした冷気が一気に肌を撫でた。
ワックスと古い木材が混じり合った独特の匂いがする。
「うおー! 懐かしい匂い!」
入り口で準備していた男子たちが、ボールを持ってコートへ駆け出していく。
ダム、ダム、ダム。
ボールが床を叩く重低音と、シューズが床を擦るキュッ、キュッという甲高い音が、高い天井に反響する。
その音を聞いてハッとする。
体育館のスポーツってなると、やっぱり球技かな…?
走るのや跳ぶのは得意なんだけど、球技はてんでダメなんだよなあ…。
楽しめればいいやと思って来たけど、足を引っ張らないだろうか…。
少し不安になりながら、みんなの輪に入ろうとフロアへ足を踏み入れたとき、ゴール下でシュート練習をしている背中を見つけた。
黒いTシャツの背中が、しなやかに反る。
放たれたボールは綺麗な放物線を描き、リングに触れることなく「スパッ」と小気味良い音を立ててネットを揺らした。
「っしゃ」
小さくガッツポーズをする瀬川くん。
その姿を見た瞬間、体育館の威圧感がスッと消えて、代わりに胸の奥が温かくなるのを感じた。
彼が振り返り、私に気づくと、目が合って小さく手を挙げた。
よかった、瀬川くんもこっちを選んでいたんだ。

最初はバスケをやることになった。
チーム分けの結果、私は瀬川くんと、真希さんと同じチームになった。
「よーし! 祥くん、センターお願いね! 美絵ちゃんは前の方でボール待ってていいから!」
「了解です」
「あっ、はい!」
鋭い笛の音が鳴り響き、試合が始まった。

楽しむつもりで来たのに、コートの中を行ったり来たりするだけで精一杯になってしまっている私。
一方で、中学時代バスケ部だったという真希さんの動きは、水を得た魚のようだった。
長いポニーテールを揺らし、男子顔負けのドリブルで切り込んでいく。
「祥くん、そこ!」
真希さんの鋭い声と同時に、ボールが瀬川くんへ飛ぶ。
彼はノールックでそれを受け取り、阿吽の呼吸で絶妙なタイミングのパスをまた真希先輩へ戻した。
「ナイスパス!」
二人の間には、言葉はいらなかった。
アイコンタクトひとつ、呼吸ひとつで通じ合っている。
まるで、見えない糸で繋がっているかのような、完璧な連携プレー。
ゴールが決まり、二人が走りながらハイタッチを交わす。
「イエーイ!」
パンッ! と乾いた音が、私の耳に響いた。
その音は、見ている私の心をチクリと、毒針のように刺した。
(……いいなあ)
羨ましい。
あんな風に、彼の隣を走れたら。
あんな風に、言葉がなくても通じ合えたら。
せっかくみんなで遊んでいるから、顔を曇らせないように気を張る。
「――森さん」
不意に名前を呼ばれ、ハッとして顔をあげる。
瀬川くんが目の前でボールを持っていた。
ゴールまではまだ距離がある。彼はフリーだったけれど、わざわざ自分の動きを止めて私を待ってくれた。
そして、私に向かって、壊れ物を扱うようにゆっくりと、ふわりとした山なりのパスを放った。
鋭い回転も、速さもなく。誰にでも受け取れる、ちょっと過保護なくらい優しいボール。
「今、チャンス。シュートお願い!」
彼の明るい声に促され、私は慌ててボールを抱え込み、両手で不格好にゴールへ放り投げた。
放たれたボールはボードに当たり、ゴトゴトと不安定にリングの上を転がって、運良く吸い込まれるようにネットの中へ落ちた。
「入った! ナイスシュート!」
瀬川くんが弾んだ足取りで駆け寄ってきて、太陽のように眩しく笑いながら、両手を出してハイタッチを求めた。
「……あ、ありがとうっ」
私も精一杯に笑い返しながら、ぎこちなく手を合わせた。
さっきの真希さんとの、対等な連携プレーとは、ちょっと違う。
私へのパスは、瀬川くんが少年たちに野球を教えているのと近いのではないか。
子どもの歩幅に合わせて投げるような、慎重で、慈愛に満ちたパスだった。
瀬川くんの優しさは、もちろん嬉しかったのだけれど、やっぱり真希さんが羨ましく思えてしまった。
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