ふたつの弧が、重なるとき ~元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく~【完結】
第22話
一通りの試合が終わり、先輩が「三十分まで休憩ねー!」と大きな声をかける。
締め切った体育館の空気は、数十人の大学生の熱気と汗で飽和し、冷房がついているのにサウナのような蒸し暑さになっていた。
「……あっつ」
Tシャツの首元をパタパタとあおぎながら、風を求めて体育館の入り口へと向かう。
開け放たれた扉からは、外の太陽光と、海の湿り気を含んだ風が流れ込んでいた。
コンクリートの段差に腰を下ろし、スポーツドリンクのキャップを開ける。
冷たい液体が喉を潤す感覚が気持ちいい。
「……バスケも上手いんだね」
小さな声がして見上げると、森さんが立っていた。
いつもは白いその肌も、運動後の紅潮でほんのりと桃色に染まり、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「さっき、ナイスシュートだったな。……座る?」
隣にスペースを空けながら言うと、彼女はこくりと頷いて腰掛けた。
石鹸の香りがふわりと漂ってきて、自分の汗の匂いが気になり少しだけ距離をとる。
「……瀬川くん、なんで野球だけじゃなくてバスケも上手いの」
彼女は膝を抱え、やや口を尖らせながら呟く。
(あれ? なんか……拗ねてる?)
その横顔を覗きながら返した。
「え? まあ、男子の中じゃ普通のレベルじゃないかな。真希さんみたいに経験者じゃないし」
前の地面を見つめたまま「でも、すごく慣れてた。パス回しも、シュートも」と続けられる。
やっぱり、褒めてくれながらも、少し拗ねている。
理由はわからない。
ただ――初めて見るその表情がすごく可愛くて、急に、抱きしめたくなる衝動に駆られる。
(……おい。落ち着け、俺)
気を紛らわせるように、その様子の真意を考えてみた。
もしかして、試合中、気を遣いすぎただろうか。
彼女がボールに触れて楽しめる機会を作りたくて、パスを集めたつもりだったけれど、それが逆にプレッシャーだったのかもしれない。
表情をうかがいながら、自分の話をしてみることにした。
「バスケは……いつも姉貴とやってたんだよね」
「……えっ。瀬川くん、お姉さんいるんだ」
視線がこちらに向けられる。
「うん。三つ上の姉貴、中学からずっとバスケ部でさ。俺が小学生のときから、よく練習相手させられてたわ」
「へえっ!」
「家の近くの公園にゴールがあって、一対一やらされたり、パス出しさせられたり。姉貴……気が強いから。いつも急に、『今からやるよ』って言われるし。俺、ただの練習相手なのに、『フォームがなってない』とか怒られるし」
苦笑いしながら当時のことを話したら、彼女は目を丸くしてからクスクスと笑った。
「ふふふふ……そうなんだ。瀬川くん、お姉さんに敵わないんだね」
「全然。今でも頭上がらないよ。だから、バスケの動きは、体に染み付いてはいる」
そう説明すると、「そっかあ」と納得したように頷いた。
そして、じっと僕を見つめる。
その瞳に、ドキリと心臓が跳ねた。
「……どうかした?」
「ううん……ただ、意外だなって」
「意外?」
「うん。中学生のときは、野球してる姿しか知らなかったから……家ではお姉さんに振り回されてる瀬川くんもいたんだなって」
彼女の顔からは、最初の寂しげな色は消え、何かを愛おしむような柔らかさがあった。
さっき無理やりしまい込んだ、抱きしめたくなる衝動が再び込み上げてきてしまい、手元のペットボトルを握りしめて誤魔化す。
彼女がまだ知らない僕の一面を知ってもらうことに、ちょっとした恥ずかしさもあった。
でもそれと同時に、こそばゆいけれど嬉しいという感情も覚えた。
締め切った体育館の空気は、数十人の大学生の熱気と汗で飽和し、冷房がついているのにサウナのような蒸し暑さになっていた。
「……あっつ」
Tシャツの首元をパタパタとあおぎながら、風を求めて体育館の入り口へと向かう。
開け放たれた扉からは、外の太陽光と、海の湿り気を含んだ風が流れ込んでいた。
コンクリートの段差に腰を下ろし、スポーツドリンクのキャップを開ける。
冷たい液体が喉を潤す感覚が気持ちいい。
「……バスケも上手いんだね」
小さな声がして見上げると、森さんが立っていた。
いつもは白いその肌も、運動後の紅潮でほんのりと桃色に染まり、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「さっき、ナイスシュートだったな。……座る?」
隣にスペースを空けながら言うと、彼女はこくりと頷いて腰掛けた。
石鹸の香りがふわりと漂ってきて、自分の汗の匂いが気になり少しだけ距離をとる。
「……瀬川くん、なんで野球だけじゃなくてバスケも上手いの」
彼女は膝を抱え、やや口を尖らせながら呟く。
(あれ? なんか……拗ねてる?)
その横顔を覗きながら返した。
「え? まあ、男子の中じゃ普通のレベルじゃないかな。真希さんみたいに経験者じゃないし」
前の地面を見つめたまま「でも、すごく慣れてた。パス回しも、シュートも」と続けられる。
やっぱり、褒めてくれながらも、少し拗ねている。
理由はわからない。
ただ――初めて見るその表情がすごく可愛くて、急に、抱きしめたくなる衝動に駆られる。
(……おい。落ち着け、俺)
気を紛らわせるように、その様子の真意を考えてみた。
もしかして、試合中、気を遣いすぎただろうか。
彼女がボールに触れて楽しめる機会を作りたくて、パスを集めたつもりだったけれど、それが逆にプレッシャーだったのかもしれない。
表情をうかがいながら、自分の話をしてみることにした。
「バスケは……いつも姉貴とやってたんだよね」
「……えっ。瀬川くん、お姉さんいるんだ」
視線がこちらに向けられる。
「うん。三つ上の姉貴、中学からずっとバスケ部でさ。俺が小学生のときから、よく練習相手させられてたわ」
「へえっ!」
「家の近くの公園にゴールがあって、一対一やらされたり、パス出しさせられたり。姉貴……気が強いから。いつも急に、『今からやるよ』って言われるし。俺、ただの練習相手なのに、『フォームがなってない』とか怒られるし」
苦笑いしながら当時のことを話したら、彼女は目を丸くしてからクスクスと笑った。
「ふふふふ……そうなんだ。瀬川くん、お姉さんに敵わないんだね」
「全然。今でも頭上がらないよ。だから、バスケの動きは、体に染み付いてはいる」
そう説明すると、「そっかあ」と納得したように頷いた。
そして、じっと僕を見つめる。
その瞳に、ドキリと心臓が跳ねた。
「……どうかした?」
「ううん……ただ、意外だなって」
「意外?」
「うん。中学生のときは、野球してる姿しか知らなかったから……家ではお姉さんに振り回されてる瀬川くんもいたんだなって」
彼女の顔からは、最初の寂しげな色は消え、何かを愛おしむような柔らかさがあった。
さっき無理やりしまい込んだ、抱きしめたくなる衝動が再び込み上げてきてしまい、手元のペットボトルを握りしめて誤魔化す。
彼女がまだ知らない僕の一面を知ってもらうことに、ちょっとした恥ずかしさもあった。
でもそれと同時に、こそばゆいけれど嬉しいという感情も覚えた。