ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用な二人が、東京で0センチメートルになるまで~
夜の九時を回り、宴会場の熱気は最高潮に達していた。
民宿の小さな広間には、使い古された畳のい草の匂いと、甘ったるいお酒の匂い、そして唐揚げやポテトの油の匂いが入り混じって充満している。
換気のために少し開けている窓からは、昼間の余韻を残した生ぬるい風と共に、湿った虫の声が絶え間なく響いていた。
「うぇ〜い! ヨッシー、いずみん、飲んでるー?」
顔を赤くした正人くんが、ハイテンションで私たちのテーブルへやってきた。
「もう、まさとん飲み過ぎじゃない? 顔真っ赤だよ」
いずみが呆れたように笑いながら、グラスを空ける。
「いやいや、これくらいが一番楽しいんだって! 合宿最高!」
正人くんはドカッとあぐらをかいて座ると、向こうのテーブルで先輩たちにお酌をして回っている真希先輩に目をやった。
「にしてもさあ、真希さんってやっぱすげーよな」
「え?」
「いや、見てみろよあの気配り。美人で、スタイル良くて、野球詳しくて、性格もサバサバしてて優しい」
確かに、真希先輩は、私やいずみにも、いつも親切にしてくれる。
「男からもめちゃくちゃ人気だもんなあ」
正人くんの言葉に、私の心臓がドクリと嫌な音を立てた。
昼間のバスケの試合で見せた、瀬川くんとの阿吽の呼吸がフラッシュバックする。
じっとりと重たい熱が胸の奥に広がる。
聞いてしまっていいのだろうか。怖い……でも、聞かずにはいられない。
私は膝の上でスウェットの裾をギュッと握りしめ、震える声を絞り出した。
「……そ、それって……瀬川くんも?」
「ん?」
「瀬川くんも……真希先輩のこと、好きだったりするのかな……」
聞いてしまった。
自分の嫌な心臓の音が、宴会場の喧騒をかき消すほどうるさい。
正人くんは「えー?」と天井を見上げ、記憶をたぐるように首を傾げた。
「いやあ……あいつ、そういう浮いた話、俺には全然しねーからなあ。真希さんのこと褒めてはいたけど、恋愛って感じじゃあ……言ってなかった気がするけど?」
「……そっかあ……」
よ、よかった……。
実際の瀬川くんの気持ちはわからないけれど……。ひとまず、安心……。
張り詰めていた糸が切れ、深い安堵のため息が漏れた。
その瞬間、ハッとした。
目の前で、正人くんがキョトンとした顔で私を見ている。そして、その表情が徐々に、ニヤリとした悪戯っ子のものへと変わっていく。
「んん? さてはヨッシー、祥太郎に惚れてるな?!」
「っ!?!?」
正人くんの声は、冗談半分の軽さだったけれど、図星を突かれた私の反応は劇的だった。
カァァァッ! と音を立てて全身の血液が顔に集まるのがわかる。
耳まで熱い。いや、指先まで熱い。
「えっ、そっ、そんなんじゃ……!」
否定すればするほど、声が裏返り、顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
涙目になってパクパクと口を開閉させる私を見て、正人くんが「えっ、マジなの!?」と目を丸くしたその時。
「はいはい! ちょっと酔い冷ましに行こうか美絵!」
いずみがガバッと立ち上がり、私の腕を掴んだ。
「正人も! ちょっと来て!」
「んえっ! 俺もっ!?」
いずみは有無を言わさぬ迫力で、茹でダコのようになった私と、目を白黒させる正人くんを引きずり、宴会場のふすまを勢いよく開けて外へと連れ出した。
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