ふたつの弧が、重なるとき ~元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく~【完結】

第23話

 夜の十時を回り、宴会場の熱気は最高潮に達していた。

 民宿の小さな広間には、使い古された畳のい草の匂いに、甘ったるいお酒、そして唐揚げやポテトの油の香りが入り混じって充満している。
 換気のために少し開けている窓からは、昼間の余韻を残した生ぬるい風と共に、湿った虫の声が絶え間なく響いていた。

「うぇ〜い! ヨッシー、いずみん、盛り上がってるー?」

 赤ら顔でビールの缶を持つ正人くんが、ハイテンションで私たちのテーブルへやってきた。

「もう、まさとん飲み過ぎじゃない? 顔真っ赤だよ」

 いずみが呆れたように笑いながら、ノンアルコール酎ハイの続きを飲む。
 実は正人くんは大学を受験し直しているため、一年生の中でただ一人ハタチを超えていて、こうして気兼ねなくお酒を楽しめるのだ。

「いやいや、これくらいが一番楽しいんだって! 合宿最高!」

 ドカッとあぐらをかいて座った彼は、向こうのテーブルで先輩たちにお酌をしている真希さんに目をやった。

「にしてもさあ。真希さんってやっぱすげーよな」

「え?」

「いや、見てみろよあの気配り。美人で、野球詳しくて、性格もサバサバしてて優しい」

 たしかに真希さんは、私たち一年生にもいつも親切にしてくれている。

 いずみも同感するように、「スタイルもいいよねえ〜」と羨ましそうに言う。

「男からもめちゃくちゃ人気だもんなあ」

 正人くんの言葉に――心臓がドクリと嫌な音を立てた。

 昼間のバスケで見せた、瀬川くんとの阿吽の呼吸がフラッシュバックする。
 じっとりと重たいものが胸の奥に広がった。

 聞いてしまっていいのだろうか。
 怖い……。
 でも、聞かずにはいられない。

 膝の上でスウェットの裾をギュッと握りしめ、震える声を絞り出した。

「……そ、それって……瀬川くんも?」

「ん?」

「瀬川くんも……真希さんのこと、好きだったりする……のかな」

 聞いてしまった。
 嫌な動悸の音が、宴会場の喧騒をかき消すほどうるさい。

 正人くんは「えー?」と天井を見上げ、記憶をたどるように首を傾げた。

「いや……あいつ、そういう浮いた話、俺には全然しねーからなあ。真希さんのこと褒めてはいたけど、恋愛って感じじゃあ……言ってなかった気がするけど」

「……そっかあ……」

(よ、よかった……)

 実際の瀬川くんの気持ちはわからないけれど。
 ひとまず、安心……。

 張り詰めていた糸が切れ、深い安堵のため息が漏れた。

 そこで、ハッとした。

 目の前の正人くんが、キョトンとした顔でこちらを見ていたのだ。
 そしてその表情が徐々に、ニヤリとした悪戯っ子のものへと変わっていく。


「んん? さてはヨッシー、祥太郎に惚れてんのか!?」


「……っ!?!?」

 その声は冗談半分の軽さだったけれど、図星を突かれた私は思わず過剰反応してしまう。

 カァァァッ! と、まるで音を立てているかのように、全身の血液が顔に集まるのがわかる。
 耳まで、いや、指先まで熱い。

「えっ、そっ、そんなんじゃ……!」

 否定すればするほど、声が裏返り、顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。

 涙目でパクパクと口を開閉させる私に、正人くんが「えっ、なに? マジなの!?」と目を丸くしたそのとき。

「はいはい! ちょっと酔い冷ましに行こうか!」

 いずみが私の腕を掴んでバッと立ち上がる。

「まさとん! ちょっと来て!」

「んえっ! 俺もっ!?」

 いずみは宴会場のふすまを勢いよく開けて、茹でダコのようになった私と、目を白黒させる正人くんを外へと引きずり出した。
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