ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用なふたりが、東京で0センチメートルになるまで。~

第2話

「いやあ。森さん、ほんと可愛い!」
「ねえ、その髪、マジで染めてないの? 地毛でこんな綺麗な色なの?」

「……あ、えっと。はい。……いえ、そんなことないですよ」

 サークルの新入生歓迎会が始まって、もう一時間近くが経つ。
 私は初対面の先輩たちに半円状に囲まれ、さっきから壊れたレコードのように同じ質問と謙遜を繰り返していた。
 頬の筋肉が強張り、貼り付けたような愛想笑いが引き攣り始めているのが自分でもわかる。

 グラスの水滴がテーブルに輪じみを作っていく。
 それを見つめている私を、別の私が、少し遠くから見つめているような感覚になる。

 小学校から高校まで、私の背中には常に「近寄りがたい美少女」というラベルが貼られてきた。
 過度に持ち上げられ、期待され、そして『意外とこうなんだね』『もっとこうかと思ってた』と、一方的に失望されることもしばしばあった。

 実際の私は、人見知りで、少し子供っぽくて、よくドジもする。

 周囲の瞳に映る「森美絵」と、ここにいる「本当の私」の乖離に、私はいつも居心地の悪さを感じていた。

「森さんはさ、こんな綺麗なのに野球好きなんて意外だね! 絶対サッカー部のマネージャーとか、テニスとか似合いそうなのに」
『意外』という言葉に、少し身構えてしまう。
 私は曖昧に微笑んで、烏龍茶に口をつけた。

 地方から上京し、知り合いもいない東京での生活。
 この「スポーツ観戦サークル」に入ったのは、人付き合いの少ない私が孤独を極めないための策であり、そして何より、私が野球観戦を好きだから。

 好きになったきっかけは、大の野球好きである父の影響が大きい。

 けれど、本当にそのスポーツに夢中になったのは中学時代。
 マウンドという、グラウンドで一番高い場所。
 たった一人でボールを握り、打者と対峙する「彼」の背中を見てからだ。
 その孤独で勇敢な姿は、言葉にできない引力で私を惹きつけた。

(……今日は、帰りたいかも)
 ふと、そんな本音が漏れそうになる。

 賑やかな笑い声、アルコールの匂い、煙草の煙。

 自分の居場所を作れたら嬉しいと思い、参加させてもらったけれど、心のどこかでは、この喧騒から逃げ出して布団に潜り込みたい自分がいる。

 体調不良と言って、少し早めに帰らせてもらおうか?
 そう考え、幹事の先輩の姿を探していた時だった。

 ガタガタガタ、と入り口の引き戸が開く音がした。

 澱んだ店内の空気を切り裂くように、春の夜風がふわりと流れ込んでくる。
 現れたのは、入り口の鴨居に頭が届きそうなほど背の高い青年だった。

 少し日に焼けた肌。
 穏やかだが、どこか意志の強そうな眉。
 それが、記憶の中のピースにピタリとはまる。

 あの頃よりずっと大人びて、線の細かった肩幅も広くなっている。
 けれど、その纏っている静かで優しい空気ですぐにわかった。

「………瀬川、くん?」

 思考するより先に、名前が唇からこぼれ落ちた。

 ――瀬川(せがわ) 祥太郎(しょうたろう)くんだ。

 あの緑豊かな中学校で、いつもマウンドに立っていたエースピッチャー。

 私に気づいた彼が、驚いたように瞳を大きく見開く。
 視線が絡み合った瞬間、ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

 時間が止まる、というのは比喩ではなくこういうことなのだと知った。
 周囲の雑音が遠のき、世界には私と彼しかいないような錯覚に陥る。

 安い居酒屋の天井にある蛍光灯が、一瞬にして、記憶の中のグラウンドに降り注いでいた西日のオレンジ色へと塗り替わった。
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