ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用なふたりが、東京で0センチメートルになるまで。~
 前で幹事の先輩が十月の文化祭について説明している。
 パイプ椅子に浅く腰掛け、その話に耳を傾けるフリをしながら、僕の頭の中はさっきの出来事で完全に占拠されていた。

『……お、おはよう!』

 午後をとうに過ぎているのに、慌てた様子で挨拶を返してきた美絵の顔。
 思い出すだけで、胸の奥がギュッと締め付けられるような甘い痛みが走る。

 合宿での無防備な寝顔も、河川敷で見せてくれた真っ直ぐな笑顔も、もちろん可愛かったけれど。
 ふとした瞬間に見せるあの動揺した表情は、どうしようもなく僕の心を乱した。

 ――ブブッ。
 不意に、隣の席の長机の上で、正人のスマートフォンが低く短い振動音を立てた。
 画面が明るくなり、通知がポップアップする。

 正人はそれを手に取り、幹事の先輩からはあまり見えない死角で内容を一目確認すると、なぜか少し離れた席に座っているいずみの方へと視線を飛ばした。

 視線を追うと、彼女もまた、こちら――正確には、正人のほう――をチラッと見て、小さく頷いているように見えた。

(……ん? 何だ、今のアイコンタクト)
 二人が急に秘密のやり取りをしているようで、少し不思議に思う。

 すると、正人が身を乗り出し、周囲の声を気にするように声を潜めて話しかけてきた。

「あのさ、祥太郎。今日この後、バイトないよな?」
「ん? ああ、今日は休みだけど」
「よし。ミーティング終わったら、二人で飯行かねえ?」
「飯?」

 いつもなら、帰り道に駅へ向かう途中で「腹減った。ラーメン食ってかね?」みたいな適当なノリで誘ってくるのに、やけに改まっている。

 違和感を覚えつつも、「……別にいいけど」と了承すると、正人は「よしっ」と長机の下で小さくガッツポーズをした。


 ホワイトボードを叩く乾いた音が鳴り、先輩が大きな文字を書き終えた。

「ということで! 今年の文化祭のサークルの出し物は、『それぞれ好きな、または経験したスポーツのユニフォームを着ながら、鈴カステラ屋さん』に決定しまーす!」

 拍手が湧き起こる。
 スポーツ観戦サークルらしい、手軽かつ賑やかな企画だ。

 周りの部員たちが「俺、サッカーのレプリカユニフォーム着よ」「じゃあ私はテニスウェアかな」と盛り上がる中、僕の思考は再び別の方向へと滑り出していた。

 美絵は……何を着るんだろうか。

 真っ先に思い浮かんだのは、中学時代にグラウンドで見かけていた、陸上部のスポーティーなユニフォーム姿。
 あの太陽の下で弾けるように笑っていた、眩しい記憶が鮮明に呼び起こされる。

 ……いや、待て。あれはまずい。
 布面積も少ないし、他のやつに見てほしくないし、僕自身の理性も保てる気がしない。

 今は野球観戦が好きだって言ってたし……野球のユニフォームとか?
 プロ野球のユニフォームをダボっと着こなす姿を想像してみる。
 それはそれで、破壊力が凄まじい。……絶対に、確実に、可愛い。

 鈴カステラを焼きながら微笑む彼女の姿をぼーっと想像していると、自分の口元がまた緩みそうになり、慌てて両手で顔を覆った。
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