ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用なふたりが、東京で0センチメートルになるまで。~

第39話

「昨日の居酒屋さん、美味しかったね」
「安くてうまかったっすねー」

 講義室で二人の会話を聞いた瞬間。
 私の胸の中で一週間ずっと燻っていた熱いドキドキが、サーッと音を立てて冷やされていくのを感じた。

 まるで、鮮やかだった世界の色が、一瞬にしてモノクロームに塗り替えられていくみたいに。

 祥くんは、真希さんたちと飲みに行ってたんだ。
 あんなに楽しそうに笑い合って。

 私は、この一週間。
 抱きしめられたあの瞬間のことを、ずっとずっと考えてた。
 彼はどういう気持ちだったんだろうって、一人で部屋で悩んだり。
 私を包み込んだ腕の強さや、胸のあたたかさを思い出しては、一人で顔を赤くしてドキドキしちゃったりして……。

 恋愛経験がなくて子供っぽい私にとっては、世界がひっくり返るくらいの大事件だった。
 でも、いつも落ち着いていて大人っぽい彼にとっては、勢いか何かの、なんてことない出来事だったのかもしれない。

 私が一人で悶々と悩んでいる間にも、彼はこうして真希さんと笑い合っていたんだ。

『もしかしたら、彼も私のことを好きなのかもしれない……』
 そんなふうに少しでも期待していた自分が、急にひどく滑稽に思えてきた。

 目の淵から、じわじわと水分が湧き上がってくる予感がした。
 真希さんに声をかけられても、祥くんが慌てて振り返っても。
 喉が締め付けられて、何も言葉を返すことができない。

 ここにいたら、惨めな涙を見せてしまう。
 私は弾かれたように背中を向け、逃げるように講義室を飛び出した。
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