ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用なふたりが、東京で0センチメートルになるまで。~
キャンパスの中央に続くメインストリートは、見渡す限りの人とテントで埋め尽くされていた。
スピーカーから流れる流行りのJ-POP、客引きのメガホンの声、鉄板で焼きそばが焦げるソースの匂いが、ごちゃ混ぜになって秋の空に立ち昇っている。
私たちのサークルの鈴カステラ屋台は、先輩があみだくじで引き当てたという好立地のおかげで、客足が途絶えることなくまあまあ売れていた。
甘いベビーカステラが銅板の型の中でプクプクと膨らみ、バターと小麦粉の焼ける幸せな香りが、最強の客寄せになっていたのかもしれない。
「いずみちゃーん、お疲れー!」
ふいに、屋台の前に長身の男性が現れた。
優しそうな垂れ目と、親しみやすい笑顔。
「あ……っ! 先輩!」
いずみの声が、普段よりワントーン高くなる。
彼がいずみの意中の人らしい。
先輩が鈴カステラを買ってくれて、少しだけ会話を交わしている間、いずみの顔はチアの衣装よりも明るく華やいでいた。
有頂天になっている彼女の横顔を見ながら、文化祭ってこんなに楽しいものなんだな、と私はしみじみと実感していた。
(……そろそろかな?)
スマホの時計は、午後二時を回ろうとしていた。
祥ちゃんがこちらへシフトを代わりに来る時間だ。
屋台の奥で焼き上がった鈴カステラを袋に詰めながら、私は無意識に背伸びをして、人混みの向こうへと視線を彷徨わせていた。
祭りの喧騒の中。
遠くから歩いてくる背の高い人影が目に留まった。
「あ……」
周りの景色が、一瞬でピントを失う。
彼はやっぱり、野球のユニフォームを着ていた。
中学時代のものではないようだが、白地にストライプの入った、本格的なもの。
胸元には……うちの大学名が書いてある。
野球部の知り合いに借りたのかもしれない。
人混みを縫うようにして歩いてくるその姿に、思わず胸がドキドキしてしまう。
中学時代、遠くから眺めていた泥だらけの彼とは少し違う。
髪も伸びて、肩幅は広くがっしりとして、顔つきもあの頃よりずっと大人びている。
それでも、ユニフォームを纏った彼がこちらに向かって歩いてくるという事実だけで、胸の奥底に眠っていた「エースの瀬川くん」の記憶が鮮やかに蘇り、胸がいっぱいになるような感動を覚えた。
彼が屋台の前に到着し、私に気づいて顔を上げた。
「お疲れ。……って」
言葉を言いかけた祥ちゃんの動きが、不自然なほどピタリと止まった。
彼の視線は、パーカーの前を開けて見えている私のえんじ色のユニフォームに釘付けになっている。
「祥ちゃん?」
首を傾げると、彼は数秒間フリーズした後、ゆっくりと息を吐き出し、眩しいものを見るように目を細めた。
「……タイムスリップしたかと思った。懐かしい」
彼の口元に浮かんだ、どこまでも優しく、どこか愛おしむような微笑み。
(私のユニフォーム姿……覚えてくれてたんだ)
でも、考えてみれば不思議だ。
私たちは中学時代、同じクラスになったことは一度もない。
言葉を交わしたのも、ボールを拾った時と、公園で声をかけた日の二回だけ。
私は彼のマウンドでの姿をずっと見ていたけれど。
『懐かしい』とすぐにわかるほど、陸上部の私のことを認識してくれていたのだろうか?
人混みの喧騒の中、ユニフォーム姿の彼を見上げながら、私はふとそんなことを思っていた。
スピーカーから流れる流行りのJ-POP、客引きのメガホンの声、鉄板で焼きそばが焦げるソースの匂いが、ごちゃ混ぜになって秋の空に立ち昇っている。
私たちのサークルの鈴カステラ屋台は、先輩があみだくじで引き当てたという好立地のおかげで、客足が途絶えることなくまあまあ売れていた。
甘いベビーカステラが銅板の型の中でプクプクと膨らみ、バターと小麦粉の焼ける幸せな香りが、最強の客寄せになっていたのかもしれない。
「いずみちゃーん、お疲れー!」
ふいに、屋台の前に長身の男性が現れた。
優しそうな垂れ目と、親しみやすい笑顔。
「あ……っ! 先輩!」
いずみの声が、普段よりワントーン高くなる。
彼がいずみの意中の人らしい。
先輩が鈴カステラを買ってくれて、少しだけ会話を交わしている間、いずみの顔はチアの衣装よりも明るく華やいでいた。
有頂天になっている彼女の横顔を見ながら、文化祭ってこんなに楽しいものなんだな、と私はしみじみと実感していた。
(……そろそろかな?)
スマホの時計は、午後二時を回ろうとしていた。
祥ちゃんがこちらへシフトを代わりに来る時間だ。
屋台の奥で焼き上がった鈴カステラを袋に詰めながら、私は無意識に背伸びをして、人混みの向こうへと視線を彷徨わせていた。
祭りの喧騒の中。
遠くから歩いてくる背の高い人影が目に留まった。
「あ……」
周りの景色が、一瞬でピントを失う。
彼はやっぱり、野球のユニフォームを着ていた。
中学時代のものではないようだが、白地にストライプの入った、本格的なもの。
胸元には……うちの大学名が書いてある。
野球部の知り合いに借りたのかもしれない。
人混みを縫うようにして歩いてくるその姿に、思わず胸がドキドキしてしまう。
中学時代、遠くから眺めていた泥だらけの彼とは少し違う。
髪も伸びて、肩幅は広くがっしりとして、顔つきもあの頃よりずっと大人びている。
それでも、ユニフォームを纏った彼がこちらに向かって歩いてくるという事実だけで、胸の奥底に眠っていた「エースの瀬川くん」の記憶が鮮やかに蘇り、胸がいっぱいになるような感動を覚えた。
彼が屋台の前に到着し、私に気づいて顔を上げた。
「お疲れ。……って」
言葉を言いかけた祥ちゃんの動きが、不自然なほどピタリと止まった。
彼の視線は、パーカーの前を開けて見えている私のえんじ色のユニフォームに釘付けになっている。
「祥ちゃん?」
首を傾げると、彼は数秒間フリーズした後、ゆっくりと息を吐き出し、眩しいものを見るように目を細めた。
「……タイムスリップしたかと思った。懐かしい」
彼の口元に浮かんだ、どこまでも優しく、どこか愛おしむような微笑み。
(私のユニフォーム姿……覚えてくれてたんだ)
でも、考えてみれば不思議だ。
私たちは中学時代、同じクラスになったことは一度もない。
言葉を交わしたのも、ボールを拾った時と、公園で声をかけた日の二回だけ。
私は彼のマウンドでの姿をずっと見ていたけれど。
『懐かしい』とすぐにわかるほど、陸上部の私のことを認識してくれていたのだろうか?
人混みの喧騒の中、ユニフォーム姿の彼を見上げながら、私はふとそんなことを思っていた。