ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。
 ◇

 キャンパスの中央に続くメインストリートは、見渡す限りの人とテントで埋め尽くされていた。
 スピーカーから流れるJ-POP、客引きのメガホンの声、鉄板で焼きそばが焦げるソースの匂い。
 すべてごちゃ混ぜになって、秋空に立ち昇っている。

 私たちのサークルの鈴カステラ屋台は、先輩があみだくじで引き当てたという好立地のおかげで、客足は途絶えることがなかった。
 甘い鈴カステラが銅板の型の中でプクプクと膨らみ、バターと小麦粉の焼ける幸せな香りが、最強の客寄せになっていたのかもしれない。

「いずみちゃーん、お疲れー!」

 ふいに、屋台の前に長身の男性が現れた。
 優しそうな垂れ目と、親しみやすい笑顔。

「あっ……! 先輩!」

 いずみの声が、普段よりワントーン高くなる。
 彼がいずみの意中の人らしい。

 先輩が鈴カステラを買ってくれて、会話を交わしている間、いずみの顔はチアの衣装よりも明るく華やいでいた。
 その可愛い横顔を見ながら、文化祭ってこんなに楽しいものなんだな、と、しみじみと実感していた。

(……そろそろかな?)

 スマホの時計は、午後二時を回ろうとしていた。
 祥ちゃんが屋台のシフトを代わりに来る時間だ。

 焼き上がった鈴カステラを袋に詰めながら、私は無意識に背伸びをして、人混みの向こうへと視線を彷徨わせていた。

 その時。
 お祭りの喧騒の中を歩いてくる、背の高い人影が目に留まった。

「あ……」

 ピントが彼に合って、周りの景色が一瞬でぼやける。

 お互い何を着るかは、今日まで秘密にしていたのだけれど。
 祥ちゃんは、やっぱり――野球のユニフォームを着ていた。

 中学時代のものではないようだが、白地にストライプの入った、本格的なもの。
 胸元には、うちの大学名が書いてある。
 野球部の知り合いに借りたのかもしれない。

 人混みを縫うようにして歩いてくるその姿に、思わず胸がドキドキしてしまう。

 中学時代に遠くから見ていた、泥だらけの彼とは少し違う。
 髪も、肩幅も、顔つきも。あの頃よりずっと大人びている。
 それでも、ユニフォームに身を包んだ彼を見た途端、ずっと私の奥底にある「エースの瀬川くん」の記憶が鮮やかに蘇り、胸がいっぱいになるような感動を覚えた。

 彼が屋台の前に着いて、私に気づく。

「お疲れ。……って」

 挨拶の言葉を言いかけた祥ちゃんは、不自然なほどピタリと動きを止めた。
 その視線は、パーカーの前からのぞく私のユニフォームに釘付けになっている。

「祥ちゃん?」

 首を傾げると、彼は数秒間フリーズした後、ゆっくりと息を吐き出し、眩しいものを見るように目を細めた。

「……タイムスリップしたかと思った。懐かしい」

 彼の口元に浮かんだ、どこまでも優しく、愛おしむような微笑み。

(私のユニフォーム姿……覚えてくれてたんだ)

 でも……ちょっと不思議だ。
 私たちは中学時代、同じクラスになったことがない。
 言葉を交わしたのも、ボールを拾って渡した時と、夕暮れの公園で声をかけた時、その二回だけ。

 私は、マウンドにいる祥ちゃんの姿を、一方的にずっと見ていたけれど。
 彼も『懐かしい』と言うほど、陸上部の私のことを認識してくれていたのだろうか?

 人混みの中で彼を見上げながら、私はふとそんなことを考えていた。
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