ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用なふたりが、東京で0センチメートルになるまで。~
「……あー!祥くーん!」

 感慨にふけっていた僕の元に、その甘ったるい声とお酒の匂いが夜風に乗って届いた。

 振り返ると、どこかの屋台でたらふく飲んできたのか、すっかり出来上がっている真希さんが、ふらりとした足取りで僕たちの方へ近づいてきていた。

「あ、お疲れさまです。……結構飲んでますね」
 僕が苦笑しながら声をかけると、真希さんは僕の肩をバシッと強めに叩いた。
「祥くんさあー! 彼女なんか作っちゃってー! もー、つまんなーい!」
「え?」
「私、祥くんのこと狙ってたのにー! ……なーんて。冗談でーす」
 真希さんは顔を赤くしてケラケラと笑いながら、僕の腕に軽く寄りかかるようにして絡んでくる。
 周囲の同期たちが、「うおっ」と小さくどよめいた。
 僕は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

(ん……? 冗談だよな? ……本気?)

 どちらにせよ、ここで変に真面目に返すのも角が立つ。
「いやいや、真希さん酔いすぎですよ。足元気をつけてください」
 僕は適度な距離を保ちながら、なんとか愛想笑いを浮かべてやり過ごした。

「真希さんのあれ、どうなんだろーな」
 真希さんが他のグループの方へフラフラと去っていった後、隣の同期が声を潜めて言った。
「冗談にして、自分の気持ち笑って流そうとしてんのかねー? 祥太郎、罪な野郎だなー」
「……変なこと言うな」
 僕がため息をつくと、別の同期が焦ったような声を出した。
「ってか、大丈夫か? さっきの真希さんの声、結構デカかったぞ。……美絵ちゃんに聞こえてたんじゃね?」
「…………」

 慌ててそっと、炎の向こう側へと視線を向ける。

 美絵は変わらず炎を見つめていたが、彼女の周りにいる女子たちの何人かが、チラチラとこちらをうかがいながら、ヒソヒソと耳打ちをしているのが見えた。

(……聞こえていた可能性が、高いな)
 胸の奥が、ざわりと波打つ。

 せっかく楽しかった文化祭の終わりに、変な誤解をさせたくない。
 不安な気持ちのまま、今日を終わらせたくなかった。

「……悪い。俺ちょっと抜けるわ」
 僕は立ち上がった。
「お、行くのか? 頑張れよー」
 冷やかす同期たちの声を背に受けながら、僕は炎を大きく迂回して、彼女の元へと足を踏み出した。

 美絵と話して、誤解がないか様子を確認しよう。
 そして、もし彼女が不安に思っているなら。
 今日はもう彼女を誘って、二人きりで早く帰ろう。

 秋の冷たい夜風を切り裂くように、僕は真っ直ぐに彼女の背中を目指した。
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