ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。
ビクッとして目を凝らすと、祥ちゃんの隣には、いつもと様子の違う真希さんが立っていた。
手にはお酒らしき缶を持っていて、足元は少しふらついている。
「私、祥くんのこと狙ってたのにー! ……なーんて。冗談でーす」
その爆弾発言は、私の耳にはっきりと届いた。
ドクン、と。
心臓が、重い音を立てた。
『狙ってたのに』。
冗談めかして笑いつつも、彼女の奥にある本当の想いが滲んでいるように聞こえたのは、私の思い過ごしだろうか。
声は聞こえないけれど、祥ちゃんが困ったように苦笑いしながら応えている。
その光景を見ているのが怖くなり、思わず顔を逸らした。
代わりに、燃え盛る炎の根元に目をやる。
パチッ、と火の粉が爆ぜる音が、やけに耳に響いた。
胸の奥がざわざわと波立ち、さっきまでの心地よい温度が奪われていくように感じた。
「真希さん、あんなに酔っ払ってるの初めて見た……」
「え? 今、祥太郎くんのこと気に入ってるとか何とか聞こえなかった?」
「冗談……だよね?」
他の女の子たちにも当然聞こえていて、ヒソヒソと話し始める。
みんな、心配そうな視線を私に向けた。
「美絵……大丈夫?」
いずみが、私の手をそっと握ってくれた。
そのあたたかさに少し泣きそうになりながら、必死で口角を上げ、曖昧に頷いた。
(大丈夫。祥ちゃんが私を想ってくれていることは、わかってる)
そう自分に言い聞かせるけれど、綺麗で大人っぽい真希さんの『冗談』は、恋愛初心者の私を不安にさせるには十分すぎるほどの破壊力を持っていた。
真希さんの気持ちを知って、祥ちゃんの心が動いたら、どうしよう。
可能性は……ゼロではないよね……。
ざわめく心を持て余していると、ふと、土を踏む足音が近づいてきた。
「……美絵」
低くて、落ち着いた声。
振り返ると、祥ちゃんがすぐ後ろにいた。
オレンジ色に染められた彼の顔。
どこか申し訳なさそうに眉を下げていた。
「あ……祥ちゃん」
女の子たちが気を遣って、サッと視線を逸らすのがわかった。
(なるべく普段どおりに……あまり気にしていないように接しよう)
そう思い、「どうしたの」と笑顔を作ろうとしたけれど、頬の筋肉がうまく動かない。
祥ちゃんは私の隣にスッと立つと、周囲には聞こえないくらい小さな、けれどはっきりとした声で言った。
「……一緒に帰らない?」
パチリと瞬きをして、彼を見た。
まっすぐな瞳には、『美絵を不安にさせてしまったかもしれない』という心配の色が浮かんでいるように見えた。
隠しきれない動揺を察して、私をここからすくい上げようとしてくれている。
その優しさが、波打っていた感情に静かな安心を落としてくれた。
「……うん。帰る」
小さく頷くと、祥ちゃんはホッとしたように目尻を下げた。
「私……先に帰るね」
芝生に置いていたトートバッグを持ち上げ、周りの子たちに挨拶をする。
いずみはパアッと顔を輝かせ、うんうんと力強く首を振った。
「うんっ! 美絵、バイバーイ! お疲れさまー!」
「お疲れさまー! 気をつけてねー!」
他の女の子たちも、嬉しそうに手を振ってくれる。
「ありがとう、お疲れさま」
みんなに手を振り返し、祥ちゃんの隣に並んだ。
「行こっか」
短く促され、一緒に歩き出す。
背中には、まだまだ燃え続けるキャンプファイヤーの強い熱気と、祭りの余韻を楽しむ学生たちの喧騒が広がっている。
一歩、また一歩と進むごとに、その熱はだんだんと遠ざかり、代わりに秋の夜の澄んだ空気が、私たちをすっぽりと包み込んでいく。
二人の靴音が、静かな夜のキャンパスに重なり合って響いた。