ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用なふたりが、東京で0センチメートルになるまで。~
第47話
キャンパスの正門を抜けると、背後で燃え盛っていたキャンプファイヤーの熱気や、スピーカーから流れる音楽が、まるで分厚いガラスの向こう側に追いやられたようにすっと遠のいていった。
代わりに私たちを包み込んだのは、しんと静まり返った秋の夜の空気だ。
どこからか微かに香る、落ち葉の乾いた匂い。
駅へ向かう道すがら、そしてガタンゴトンと規則正しい音を立てて揺れる電車の中、私たちは文化祭の出来事を振り返って笑い合った。
「いずみのチア姿、可愛かったなあ」
「正人の剣道着も、無駄に似合ってたよな」
車内はほんのりと暖かく、座席の柔らかさが心地いい。
隣に座る彼の肩が触れ合うたびに、優しい温もりが伝わってくる。
私の最寄り駅の改札を抜け、静かな住宅街へと足を踏み入れた。
日曜日の十九時半を回った通りは人影もまばらで、等間隔に並んだ街灯が、二人の影をアスファルトの上に長く伸ばしている。
カツッ、カツッという二人の靴音だけが、ひんやりとした夜気に吸い込まれていった。
私はふと、ずっと気になっていたことを口にした。
「ねえ、祥ちゃん」
「うん?」
「いつも当たり前のように家まで送ってくれるけど……。毎回だと電車賃もかかるし、無理しなくて大丈夫だからね? 私の家は駅から近いし、この通りは人通りも街灯もちゃんとあって、一人でも全然危なくないから」
遠慮がちに伝えると、祥ちゃんは歩調を緩めることなく、柔らかく微笑んだ。
「バイトしてるし、電車賃くらい大丈夫だよ。送らないと、俺が心配で落ち着かないだけ」
「でも……」
「もし節約したくなったら、帰りは電車じゃなく走って帰るから気にしないで」
サラリと言ってのけた彼の横顔を見上げて、私は目を丸くした。
「えっ。三駅分走るのは、さすがにキツいでしょ!」
本気で驚く私を見て、祥ちゃんは「ははっ」と声を漏らして笑った。
「いやいや、元野球少年の体力なめんな。三駅なんて余裕だから」
冗談めかして笑うその言葉に、彼なりの「どうしても送る」という優しい頑固さが見えて、私はそれに素直に甘えることにした。
「……ありがとう」
しばらく続いた、他愛ない会話が、ふと途切れた。
遠くの国道を走るトラックの低いエンジン音が聞こえ、夜風が街路樹の葉をサワサワと揺らす。
心地よかったはずの沈黙が、少しだけピンと張り詰めたような気がした。
「……あのさ。さっきの……」
ぽつりと、祥ちゃんが口を開いた。
声のトーンが、一段低く、真剣なものに変わっている。
「さっきの……聞こえてた? 真希さんが、言ってたやつ」
ドクン、と心臓が跳ねた。
(やっぱり……その話になるよね)
私は咄嗟に、「え? 何のこと?」ととぼけようとした。
でも、見上げた彼の真っ直ぐな黒い瞳と視線がぶつかった瞬間、私の目は不安に揺れてしまい、うまく誤魔化すことができなかった。
私の表情からすべてを察したのか、祥ちゃんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「……ごめん。酔っ払った冗談だとは思うけど……。でも、真希さんとは深く関わりすぎないようにしておくから」
彼は立ち止まり、私に向き直った。
秋風が彼の前髪を少しだけ乱す。
私を不安にさせないために、彼がそこまで考えてくれていることが嬉しくて、胸の奥がキュッと締め付けられる。
でも、だからといって、彼を私の不安のせいで制限したくはなかった。
「ううん、大丈夫」
私は首を横に振り、彼を安心させるように、できるだけ穏やかな声を作った。
「たとえば、真希さんと二人で飲みに行くとかは……ちょっと嫌だけど。でも、サークルで普通に関わるくらいなら、気にしないでね」
強がりじゃなかった。
たしかに、真希さんの言葉を思い出すと、今でも胸の奥がチクチクと痛む。
自分でも驚くほどの独占欲が出てきているのも……自覚している。
でも、私は祥ちゃんを「私の不安」で縛りつけるような彼女にはなりたくない。
「……んー」
彼は私の言葉を聞いて、何かを言いかけたけれど、結局それ以上は言葉にしなかった。
代わりに私たちを包み込んだのは、しんと静まり返った秋の夜の空気だ。
どこからか微かに香る、落ち葉の乾いた匂い。
駅へ向かう道すがら、そしてガタンゴトンと規則正しい音を立てて揺れる電車の中、私たちは文化祭の出来事を振り返って笑い合った。
「いずみのチア姿、可愛かったなあ」
「正人の剣道着も、無駄に似合ってたよな」
車内はほんのりと暖かく、座席の柔らかさが心地いい。
隣に座る彼の肩が触れ合うたびに、優しい温もりが伝わってくる。
私の最寄り駅の改札を抜け、静かな住宅街へと足を踏み入れた。
日曜日の十九時半を回った通りは人影もまばらで、等間隔に並んだ街灯が、二人の影をアスファルトの上に長く伸ばしている。
カツッ、カツッという二人の靴音だけが、ひんやりとした夜気に吸い込まれていった。
私はふと、ずっと気になっていたことを口にした。
「ねえ、祥ちゃん」
「うん?」
「いつも当たり前のように家まで送ってくれるけど……。毎回だと電車賃もかかるし、無理しなくて大丈夫だからね? 私の家は駅から近いし、この通りは人通りも街灯もちゃんとあって、一人でも全然危なくないから」
遠慮がちに伝えると、祥ちゃんは歩調を緩めることなく、柔らかく微笑んだ。
「バイトしてるし、電車賃くらい大丈夫だよ。送らないと、俺が心配で落ち着かないだけ」
「でも……」
「もし節約したくなったら、帰りは電車じゃなく走って帰るから気にしないで」
サラリと言ってのけた彼の横顔を見上げて、私は目を丸くした。
「えっ。三駅分走るのは、さすがにキツいでしょ!」
本気で驚く私を見て、祥ちゃんは「ははっ」と声を漏らして笑った。
「いやいや、元野球少年の体力なめんな。三駅なんて余裕だから」
冗談めかして笑うその言葉に、彼なりの「どうしても送る」という優しい頑固さが見えて、私はそれに素直に甘えることにした。
「……ありがとう」
しばらく続いた、他愛ない会話が、ふと途切れた。
遠くの国道を走るトラックの低いエンジン音が聞こえ、夜風が街路樹の葉をサワサワと揺らす。
心地よかったはずの沈黙が、少しだけピンと張り詰めたような気がした。
「……あのさ。さっきの……」
ぽつりと、祥ちゃんが口を開いた。
声のトーンが、一段低く、真剣なものに変わっている。
「さっきの……聞こえてた? 真希さんが、言ってたやつ」
ドクン、と心臓が跳ねた。
(やっぱり……その話になるよね)
私は咄嗟に、「え? 何のこと?」ととぼけようとした。
でも、見上げた彼の真っ直ぐな黒い瞳と視線がぶつかった瞬間、私の目は不安に揺れてしまい、うまく誤魔化すことができなかった。
私の表情からすべてを察したのか、祥ちゃんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「……ごめん。酔っ払った冗談だとは思うけど……。でも、真希さんとは深く関わりすぎないようにしておくから」
彼は立ち止まり、私に向き直った。
秋風が彼の前髪を少しだけ乱す。
私を不安にさせないために、彼がそこまで考えてくれていることが嬉しくて、胸の奥がキュッと締め付けられる。
でも、だからといって、彼を私の不安のせいで制限したくはなかった。
「ううん、大丈夫」
私は首を横に振り、彼を安心させるように、できるだけ穏やかな声を作った。
「たとえば、真希さんと二人で飲みに行くとかは……ちょっと嫌だけど。でも、サークルで普通に関わるくらいなら、気にしないでね」
強がりじゃなかった。
たしかに、真希さんの言葉を思い出すと、今でも胸の奥がチクチクと痛む。
自分でも驚くほどの独占欲が出てきているのも……自覚している。
でも、私は祥ちゃんを「私の不安」で縛りつけるような彼女にはなりたくない。
「……んー」
彼は私の言葉を聞いて、何かを言いかけたけれど、結局それ以上は言葉にしなかった。