ふたつの弧が、重なるとき ~六年越しの両片思い。不器用なふたりが、東京で0センチメートルになるまで。~
 やがて、私の住むマンションのエントランスが見えてきた。
 煌々と光る蛍光灯の下に立つと、少しだけホッとするような、でも彼とお別れするのが寂しいような、複雑な気持ちになる。

「今日も送ってくれて、ありがと」
 私は彼に向かって、精一杯の笑顔を作った。

 自分の中の小さな不安やモヤモヤは、この笑顔の裏に隠せたはずだ。
 けれど、祥ちゃんの顔はどこかスッキリしていない。
 微かに眉間にシワが寄り、伏せられたまつ毛の奥の瞳には、まだ懸念が燻っているように見えた。

(……私、ちゃんと隠せてないのかな)

 彼にそんな顔をして帰ってほしくなくて、私は少し空気を変えようと、明るい声を出した。
「さっきの話なら……大丈夫だよ?」
 それでもなお浮かない顔の彼を見て、私はふと、いたずら心と、ほんの少しの甘えを込めて、冗談半分で言葉を付け足した。

「……あ。上がって、お茶でも飲む?」

 以前、付き合う前と付き合った直後に誘った時は、どちらも、めちゃくちゃに焦った彼にお断りされた。
 どうせまた、「いや、それは……!」と慌てて断るに決まっている。
 そう思って、軽く笑って彼を送り出すつもりだった。

 ところが。
 祥ちゃんは一瞬目を丸くした後、ゆっくりと私の目を見つめ返し、静かに、けれどはっきりとした声で言った。

「じゃあ……お邪魔しようかな」

「…………えっ!?」
 予想を完全に裏切る返答に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 え、嘘。断らないの?
 やばい。部屋、片付いてたっけ……!

 心臓が、いつもとは全く違う理由で、バクバクと早鐘を打ち始める。

 からかうつもりだったのに、完全にカウンターを食らってしまい、私はマンションの自動ドアの前で、一人で目を白黒させていた。
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