ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。
 ◇

 最後のババ抜きは、白熱した心理戦になった。
 残り二枚。僕の指が、美絵の持っている左側のカードにかかると、その眉がぴくりと動いた。

(あ、こっちがジョーカーか……?)

 確信を持って右側のカードに手を移すと、今度は「あ……」と声を漏らし、目に見えて不安そうな、捨てられた子犬のような顔をして僕を見上げてくる。
 そのあまりの可愛さに、僕の冷静な判断力は一瞬で霧散した。

「……いや、やっぱりこっち」

 結局、最初にかかっていた左側のカードを引き抜くと――。
 そこには、不敵に笑うジョーカーの姿があった。

「あー! 私の勝ち!」

 美絵はソファにごろんと転がって、子供みたいに手足をバタバタさせて喜んだ。


 ひとしきり盛り上がったあと、僕もソファに腰掛けて大きく伸びをした。

 ふと壁の時計に目をやると、十一時を回っていた。
 楽しい時間は、残酷なほど早く過ぎる。

(そろそろ、か……)

 彼女を見ると、時計を見た僕の視線に気づいたのか、先ほどまでの楽しげな表情が、目に見えて強張っている。
 僕は、「あ……」と小さく息を呑んだ。

(送っていくね、と帰りの準備を促すべきか。それとも……)

 迷って言葉に詰まった空気を切り裂くように――。
 美絵が、勢いよく僕の胸に抱きついてきた。

「…………私……」

 顔を埋めたまま、絞り出すような声で続ける。


「私……プレゼント、持ってきてて。0時になる瞬間に……渡したい」


 0時。その時間はもう、終電はない。
 つまり、美絵が今ここで口にしたのは――そういう意味だ。

 僕の鼓動が、急激に速度を上げる。

「……それって……明日まで、一緒にいたいってこと?」

 なるべくそっと、噛み締めるように確認した。
 腕の中の小さな頭が、こくり、と深く頷く。

「……うん。でも……それだけじゃなくて……」

 途切れ途切れに、けれど一生懸命に紡がれた言葉。


「私……祥ちゃんとなら、何も怖くないから……」


 どれほどの勇気を持ってそれを口にしたか、少し震えている肩が物語っていた。

「…………」

 黙ったまま、美絵の細い背中に手を回した。

 大切にしたいから。傷つけたくないから。
 そう思って守ってきた『安全な距離』を、彼女が自ら踏み越えてくれた。

 胸元に耳を寄せている彼女に、きっと僕の心音は丸聞こえだ。
 せめて、火照る顔を落ち着かせようと、静かに大きく深呼吸をした。

「……じゃあ……今日はこのまま……一緒にいよっか」

 僕の答えを聞いた彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
 微かに揺れる瞳を、まっすぐに僕へと向ける。
 そこには、僕を信じ切っている、一人の女の子としての強い決意が宿っていた。

「…………うん」

 もう一度、今度は先ほどよりもずっと強く、慈しむように抱きしめると、彼女の心音も伝わってきた。

 静寂の中で重なった二つの想いが、お互いの体温を通じて激しく共鳴していた。
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