ふたつの弧が、重なるとき ――元エースピッチャーの彼と、走り高跳びの彼女。熱を持った六年越しの初恋を、不器用に重ね合わせていく。

第55話

 静まり返った部屋の中、重なった心音を全身で感じていた。

 しばらくの間、強く抱き合っていたあと。
 祥ちゃんはゆっくりと身体を離し、私の瞳をじっと見つめた。

(……どうしよう。一体、何から始めたらいいんだろう……?)

 経験値も知識もゼロに等しい私は、頭の中でぐるぐると考えを巡らせていた。

(……キスから? それとも言葉?)

「…………」
「…………」

 張り詰めた空気と熱い視線に、思わず身を固くする。

 しかし、彼の口から出たのは、思いもよらない一言だった。


「……コンビニとか、行く?」


「……え?」

 顔を上げ、ぽかんとしながら「あ……ハイ」と間抜けな返事をしてしまった。

 ◇

 祥ちゃんの気遣いで、夜のコンビニへとやってきた。
 冷たい外気に触れたことで冷静になり気づいたけれど、私は今日、メイク落としや化粧水など、お泊まりに必要なものを一切持ってきていない。
 緊張しすぎて、その準備についてはすっぽりと抜け落ちていたのだ。

 やや申し訳なさそうに「シャンプーも、男物しかなくて……」と言われたけれど、あの香りの元になっていると思うと使ってみたくなり、シャンプーはトラベル用を買わずに彼のものを借りることにした。

 陳列棚を回る彼は、いつもよりずっと静かで、どこか落ち着かないような、けれど柔らかい雰囲気を纏っている。
 彼が持つ買い物カゴには、追加の麦茶と、私が好きなメーカーのアイスティー、それに明日の朝ごはん用の食パンが入っていた。

 私が手にしたスキンケア用品も同じカゴに入れて、そのまま彼が支払いをしてくれた。

「あの、私のものもいっぱい買ったし、お金……」

 コンビニを出て財布を取り出そうとすると、祥ちゃんは「美絵も前夜祭のもの、たくさん用意してくれたし」と微笑みながら優しく制した。
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