第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
「よし、着きましたよ!
荷物、下ろしますね!」
「ぼくも手伝います」
トワがそう言って、レオと一緒に荷台から荷物を下ろし始める。
私は湖の方へ視線を向けた。
森に囲まれ、朝日を受けて水面がきらきらと揺れている。
そこまで大きな湖ではないが、静かで心地いい場所だ。
「お嬢さんは、ゆっくりしててください!
今からセッティングしますから」
そう言いながら、レオは手際よく日傘や椅子を並べていく。
「じゃじゃーん。
どうぞ!」
促されて、私は椅子に腰を下ろした。
「ありがとう」
「よいしょっと」
レオが釣り竿を取り出し、餌を用意しているのを覗き込む。
……エビ?
「ねぇ。ずいぶん美味しそうなものを餌にするのね」
「そうですよ!
エンジェルドラゴンって、美食家らしいんです」
「舌が肥えてるみたいで、ミミズとか安い餌じゃダメなんですって」
だから――と、胸を張る。
「レオ特製、エビとイカのテリーヌです!」
「……美味しそう」
「味見してみます?」
「いいの?」
「どうぞどうぞ」
一口食べて、思わず目を見開く。
「……美味しい。
これ、本当に餌にするの?」
「もちろんです!」
「なんだか……お金のかかる魚なのね」
私は、曖昧に笑った。
餌を用意して、しばらくすると――
「レオっ! 引っ張ってるよ」
少し興奮した様子で、トワが声を上げる。
「おっ、来たか!」
「よいしょ――っと」
慣れた手つきで釣り竿を引き上げると、魚が跳ねた。
「これは……ただのマスだな。
お昼用にしよっと」
その後も、ちょこちょこと魚は釣れるが、
幻の魚――エンジェルドラゴンとやらは、まったく姿を見せない。
まあ、こんなものだろう。
そもそも、そんな簡単に現れたら「幻」なんて呼ばれない。
……それに。
静かな湖畔で、のんびりと過ごす休日も悪くない。