第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
そして、しばらくして。

「……もういいだろう」

エリックが、そう言った。

「これくらい踊れれば、十分だ」

「……ほんと?」

「ああ。ただし――」

一拍、間を置く。
エリックは腕を組み、まっすぐ俺を見る。

「まず。
 お前は、誰と踊りたい?」

そんなの、決まっている。

――お嬢様だ。

だが、それを口にしたら。
身分がどうとか、立場がどうとか。
きっと、そう言われると思った。

少しだけ、言葉に詰まっていると。

「……一人しか、いないんだろ?」

「……うん」

小さく、頷いた。

「なら、その人のことだけ考えろ」

エリックは、思ったより静かな声で言う。

「ダンスは、思いやりだ。
 相手を導くものだ」

一歩、踏み出すように。

「踊る相手が、美しくいられるように導く。
 それが、紳士だ」

「……」

正直、笑われると思っていた。

俺みたいなやつが、
お嬢様と踊りたいなんて思うのは、
身の程知らずだって。

「……なんだ、その顔は」

「……いや」

俺は、素直に言った。

「俺みたいなやつが、
 お嬢様と踊りたいって言ったたら、
 バカにされると思ったから」

「はあ……」

エリックは、深くため息をついた。

「……俺が貴族主義だって噂、
 聞いてるんだろ」

図星で、何も言えなかった。

「勘違いするな」

低く、はっきりした声。

「俺が嫌いなのは、身分じゃない。
 努力もしないで、
 野蛮で、がさつで、
 それを誇るようなやつだ」

一拍。

「美しくなろうともしない。
 向上しようともしない。
 そういうやつが、俺は嫌いなんだ」

そして、こちらを見る。

「……だが、お前は違う」

胸が、わずかに跳ねる。

「ちゃんと努力してる。
 言われたことをやるだけじゃない。
 どうすれば良くなるか、考えてる」

「美しくなろうとしてる」

その一言が、胸に落ちた。

「だから――」

エリックは、きっぱりと言った。

「努力して、隣に立とうとしてるやつを、
 俺はバカになんて、しない」

その言葉は、飾り気がなくて。
でも、妙に胸に残った。

……ああ。

この人、本当に厳しいけど。
ちゃんと、人を見てる。

意外と――
いいやつだ。
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