第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
「……わかった」

「よし、頼んだ」

エリックの一言で、あれよあれよという間に長い前髪が分けられていく。
急に視界が開け、妙に落ち着かない。

鏡に映る俺は――まるで別人だ。
紅い瞳が、逃げ場もなくさらされている。

「……みれる程度にはなったな」

エリックが、ふんと鼻を鳴らす。

「似合っているな」

オリバー団長も、穏やかに微笑んだ。
その視線に、少しだけ胸の奥が軽くなる。

そして、そのままパーティ会場へと移動する。

煌びやかな光、柔らかな音楽、華やかな人々。
――ここで、踊るのか。俺が。

できるのか。
しかも、お嬢様以外の人と……?

「じゃあ、一曲踊ってこい」

「……は?」

「そこの令嬢だ。後ろ姿の」

「……は?」

「話は通してある。誘ってこい」

「……は?」

「早くしろ」

有無を言わせぬ圧。
逃げ道はない。

……仕方なく、俺はその令嬢のもとへ歩み寄る。
心臓がやけにうるさい。

そして、令嬢が振り向いた。

「……本日は、私が貴方のお相手です」

無表情のまま、そう告げたのは――
お嬢様の侍女、アリスだった。

いつものメイド服ではなく、華やかなドレスに身を包んでいる。
……違和感がすごい。

「全く知らない令嬢よりはいいだろう」

背後から、エリックの声が飛んでくる。
反論は、できなかった。

「さて」

アリスは淡々と続ける。

「私をお嬢様だと思って、エスコートしてください。
足を踏んだら――私も、このヒールで踏み返しますので」

視線が自然と、彼女の足元に落ちる。
そのヒールは鋭く、細く――

(……凶器だな)

俺は静かに息を整え、覚悟を決めた。
これは、踊りではない。
訓練だ。
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