第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
やがて、曲が終わる。
俺は一歩下がり、教えられた通りに頭を下げた。
その仕草の一瞬――
アリスの姿が、ふっとお嬢様と重なる。
同じドレス。
同じ立ち位置。
けれど、決定的に違う存在。
胸の奥が、静かに疼いた。
「……ふん」
すぐに、鼻を鳴らす音が飛んできた。
「で、エリック。どうだ」
オリバー団長の問いに、エリックは腕を組んだまま、こちらを値踏みするように見る。
「硬い。以上」
「……以上か」
「最初から最後まで肩に力が入りすぎだ。
相手を導くんじゃない、引きずってる」
ぐさり、と刺さる。
「だが」
一拍置いて、エリックは視線を逸らした。
「逃げなかったな。
目も伏せなかった。手も、離さなかった」
その言葉に、思わず息を詰める。
「踊りは下手だ。だが――
“隣に立とう”って覚悟は見えた」
短く、言い切る。
「それで十分だ。今日はな」
そう言って背を向けると、付け足すように言った。
「次は、もっと胸を張れ。
お嬢様の隣は、下を向く場所じゃない」
……厳しいくせに、ずるい男だ。
俺は小さく息を吸い、背筋を伸ばす。
――いつか。
本当に、あの人と並んで踊れる日が来たなら。
その時は、もう迷わない。
視線も、想いも、何ひとつ隠さず。
堂々と、手を差し出そう。
『……俺と踊ってくれますか?」』
そう言える自分であるために。
今はただ、この一歩を踏みしめる。