第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

番外編 王子と騎士と同じ人を想う夜

セナside

ガイルの事件が終わった後――
お嬢様は、丸五日、目を覚まさなかった。

正直に言えば、怖かった。
眠ったまま、二度と戻ってこないのではないかと。
騎士として隣に立っていながら、祈ることしかできない自分が、歯がゆかった。

だが、目を覚まして会いに行った時。
そこにいたお嬢様は、確かに悲しみを抱えながらも、
どこか――肩の力が抜けたような、すっきりした顔をしていた。

(……きっと)

ディランのおかげだろう。
俺には踏み込めない場所で、ディランはお嬢様を支えた。
それを思うと、胸の奥に小さな痛みが走るが――
同時に、安堵もあった。

お嬢様が前を向けるなら、それでいい。

そして、俺の騎士としての任務は変わらない。
変わらず、お嬢様の騎士として励むだけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。


任務帰り、夜遅く。
アレキサンドライト王国直属騎士団へ書類を届けに行った時のことだ。

廊下で、見慣れた人物と鉢合わせた。

「やあ、セナ」

「……殿下」

いつものきらきらした雰囲気ではなく、
どこかくたびれた印象を受ける。

(無理もない)

あの事件の後処理が、まだ終わっているはずがない。

「少し、付き合ってくれるか?」

そう問われ、

「はい」

と、短く頷いた。


ディランの自室には、机にも床にも、どっさりと書類が積まれていた。

「適当に座って」

「ありがとうございます」

ソファに腰を下ろす。
主と騎士。
だが今は、少しだけ距離の近い空気だった。

「ティアナはどうだい?」

一瞬、胸が詰まる。
だが、表情には出さない。

「元気です。
 徐々に仕事も始めています」

「そう。なら、良かった」

ディランは、心底ほっとしたように息をつき、ソファに腰を下ろした。

(……本当に、心配していたんだな)

「お疲れですね」

「ああ、それはもう」

「大変ですね」

「そうだね」

短いやり取りのあと、ディランはふっと笑った。

「でも、こうして皆が無事でいられたのは、君たちのおかげだよ。
 本当にありがとう」

その言葉に、俺は反射的に頭を下げた。

(感謝されるためにやっているわけじゃない)

ただ――
守ると決めた人を、守っただけだ。
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