第3部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
……頭が、割れる。

視界が白い。
胃の奥が、気持ち悪い。

「……っ」

身じろぎした瞬間、
どこかで低いうめき声がした。

「……うるさい……」

(……?)

ゆっくり視線を動かす。

そこには――
ソファにだらしなく横たわる、ディランの姿。

(……あ)

記憶が、波のように押し寄せてきた。

酒。
勝負。
口説く発言。
掴み合い。

(……最悪だ)

その時。

――コンコン。

控えめなノック。

「殿下。
 朝のご予定ですが――」

扉が開く。

入ってきたのは、
いつも通りきっちりした身なりの側近、レイだった。

そして――
室内を一望した、その瞬間。

「………………」

時間が、止まった。

床に転がる空の酒瓶。
ソファで死んだように寝ている王子。
そして、その隣で頭を抱える騎士。

「………………」

レイの片眉が、ぴくりと動く。

「……殿下?」

「……レイ……頭が……」

「なぜ、セナさんがここに?」

冷静な声だが、
目は明らかに動揺している。

「……飲みました……」

「見れば分かります」

きっぱりと言われた。

「しかも、
 相当、ですね」

レイはゆっくりと歩み寄り、
転がる酒瓶を一本拾い上げる。

「……この銘柄を、この量?」

視線が、俺と殿下を往復した。

「……奇跡的に、ご無事ですね」

「無事じゃない……」

ディランが、ソファに顔を押しつけたまま呻く。

「……セナ」

「……はい」

「昨夜の記憶、あるか……?」

「……途中から、曖昧です」

「……そうか……」


2人して、沈黙。

レイは深く、深く息を吸い――

「後で、
 詳しく聞かせていただきます」

にこやかに、そう言った。

(……終わった)

「まずは水を。
 殿下は本日、謁見は延期します」

「……ありがとう……」

「セナ」

「……はい」

「あなたは――
 とりあえず、
 ここで何があったかを“整理”しておいてください」

静かな声。
だが、逃げ場はない。

「……承知しました」

レイは踵を返し、
扉の前で一度だけ振り返った。

「それと」

にこり、と微笑む。

「次は、
 酒量を“相談”してください」

扉が、閉まった。

「………………」

「………………」

再び、沈黙。

「……セナ」

「……はい」

「……二度と、
 あの勝負はしない」

「……全面的に同意します」


頭痛と後悔と気まずさを抱えたまま、
二日酔いの朝は、静かに始まった。
< 244 / 261 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop