非道な殺し屋頭領は、甘美な毒で花を欺く
作業場の団子の数を見ると、とりあえず一人前は用意できるが、お土産用に包む団子の数が足りない。
「旦那様、お土産用の注文が入りましたよ。サボってないで、そろそろ追加の用意をお願いします」
「開店前に作った分がもう売り切れそうなのか? 椛が来てから、売り上げが好調だな。この調子でどんどん売ってくれ」
相変わらず寝転んだままの暁が、椛に背を向けたままで手だけをひらひら振ってくる。
団子屋は素性を隠すためのかりそめ仕事。毎夜のたれの仕込みだけは熱心だが、商売自体にはそこまでやる気がない。
団子屋という肩書があればいいだけなので、自分は裏にいて椛に働かせる今の状況が楽なのだろう。
同じ暗殺稼業の者としてはわからなくもないが、暁はあまりにも怠けすぎる。
店を開く以上、お客さんの需要にはきちんと応えるべきだ。そう思って必要以上に売り子の仕事に精を出してしまう椛は、出来損ないのくせに根が真面目なのだ。
「もう、ほんとうにいい加減なのですから。わたしがお食事用のお団子を運んで戻ってくるまでに、ちゃんと準備をしてください。お願いしますよ、旦那様」
お茶を淹れながら少し強い口調で言うと、暁がごろんと寝返りを打って椛のほうを向いた。
「名を呼んでくれたら、やる気が出るぞ」
「なんですか、それ」
怪訝に眉を寄せると、暁が肩肘をついて上半身を起こす。そうして、目を細めてふっと笑った。
「俺は椛の声で名を呼んでもらうのが好きなんだ」
「え……?」
突拍子のない暁の言葉に、椛の心臓がドクンと跳ねた。
好きとはどういう意味だろう。単純に趣味嗜好としての椛の声が好ましいということだろうか。それとも、もっと別の意味——?
胸がざわつき、急須を持つ椛の手がプルプルと震える。
なぜだかわからないが、暁はふたりのときは自分を名前で呼べと言う。椛はずっと、暁がそうやって椛が彼の領域に踏み込まないように線引きしているのだと思っていた。
「旦那様」と呼んで夫婦のフリをするのは客の前だけ。そうでないときのふたりは他人。
けれど今の口ぶりでは、暁が名前で呼ばれることのほうに何か特別な意味を感じているように思える。そうして、それに気付いた椛の胸は何かに共鳴するように小さく震えていた。その事実が恐ろしい。暁は、椛の標的で母の仇なのだから。