非道な殺し屋頭領は、甘美な毒で花を欺く
「手が滑ったねえ。よく言うよ。俺には、あんたがうちの奥さんにわざと熱いお茶をぶっかけたようにしか見えなかったが?」
聞こえてきた声に、女が湯呑みを握ったまま頬をひきつらせた。
「あ、暁さん。こんにちは……わざとお茶をかけただなんて……何かの見間違いじゃありませんか」
椛が振り向くと、暁が店の戸口にもたれかかるようにして立っている。
いつのまに出てきたのだろう。手には団子の包みを持っている。眉間を寄せて女を睨む彼は、いつになく不機嫌そうだ。
大股でズカズカと歩いてくると、暁が椛を背中に庇うようにして女の前に立った。それから着物左袖に右手を入れて、シュッと何かを引き抜いた。
「人の妻に無礼をはたらいて、よくそんな嘘がつけるな」
低く冷たい声でそう言うと、暁が女の白い首に細く尖ったものを突きつける。
「旦那様……?」
暗殺用の細身の刀かと焦って身を乗り出す椛だったが、暁が握っていたのは団子の竹串だった。それでも、目尻を吊り上げて凄む暁が握れば、殺傷力の高い武器のように見えてしまう。
「あとは他にも何か言ったな。椛が俺の妻には分不相応だと」
低い声でそう言いながら、暁は今にも女の首に竹串を突き刺しそうだ。
「旦那様、それはわたしは気にしておりませんので」
「椛が気にしなくても、俺は気にする」
椛が止めに入ったが、暁は女に突き付けた竹串をおろそうとしない。女を睨む暁の目は、完全に標的を狙う殺し屋のそれだ。
標的でもない庶民の女に本気の殺意を向けるなんてどうかしている。
「さっき椛に向けた言葉を今すぐここで訂正しろ」
「い、いえ……私は何も……すべて暁さんの聞き間違えかと……」
普段はのらりくらりとしていて適当な団子屋の主人に詰められて、女がガタガタと震える。そのとき、竹串の先が肌を掠めて、女の首に擦り傷をつくった。
「お、お嬢様……」
そこでようやく、そばに震えていた小間使が間に入り、暁から女を守ろうとする。
「どけ、邪魔だ」
けれど暁は、小間使にも睨みを効かせると、持っていた団子の包みを和傘の下に座る女の膝に押し付けた。
「それだけ持って、今すぐ失せろ。次に顔を見かけたときは、団子に毒を盛ってやる」
暁がドスの聞いた声でそう言うと、女もほかに団子を食べにきていた客も震え上がった。
「も、申し訳ありません……」
顔を青くした女が、小間使の腕を掴んでよろよろ立ち上がる。それから、そろそろと後ずさると、彼女は小間使とともに大急ぎで逃げていった。